A子さんの文面を掲載します。

よろしくお願いします。


当時リーマンショックの影響でT也の工場も不況になり、勤務時間も1日4〜5時間に減り、給料は半分以下になってしまいました。

会社からは「副業を認める」と言う話しや、工場長からは「この工場もいつまでもつか分からないから、つてのある人は新しい仕事に付いた方がいい」と言う事を言われていました。

生活はとても苦しかったので私もパートの時間を増やし働きましたが、それでも苦しくて1円のお金も無駄に出来ませんでした。

T也は「子供が生まれるのに、このままでは生活が出来ないから、空いた時間をコンビニでバイトをする。」と言ったので、私はこの言葉を聞いた時「子供の事を考えてくれている」と思いとても嬉しかったですが、実際はバイトを探す素振りは無く、空いている時間は車で遊び歩き、H男と遠くまで釣りに出かけたり、他県まで釣り具屋巡りに行くので、頻繁にガソリンを入れる為、毎月のガソリン代が食費よりも多くかかっていました。

遊びに行った先で欲しい物を見つけると「金ちょうだい。金ちょうだい。」と言い、余分なお金が無いと言っても聞き入れて貰えず「自分の働いた金だからよこせ」などと言い、それでも私が渡さないと「A子は金にきたない」「A子の家から金もらって来い」と言い、自分の欲しい物を手に入れるまで騒ぎました。

T也が毎月必ず買っていた物はロックのCDとDVD、本、釣り竿や釣り用品、釣りの月刊誌(同じ物を2冊。見る用と保存用)流行の洋服や、Tシャツ、古着、などで、洋服は携帯のサイトから注文し、着払いで買う事が殆どなので、宅配の人が来て初めて私が知り、お金を払わなければいけなくなってしまいました。

特にTシャツにはこだわりがあり、着る為では無く趣味で集めていたので、衣装ケースに収まらない程、タグの付いた新しい物があっても次々と買い続けていました。

T也は欲しい物を買う為に、私が働いていた店にまで、お金のむしんに来るので、仕事場の人もその姿を見て、T也がブラブラ遊び歩いている事を知り、心配をして私に声を掛けてくれる人や、T也に新しい仕事先を紹介してくれる人もいました。

紹介してもらった仕事は働いていた工場よりも条件が良く、収入も増えるのでとても良い話でしたが、T也は「お母に聞かないと分からない。」「お母に話したら怒られた。」と言うので、この話しは無くなりました。

後になって、新しい仕事に変われば地元に帰る事(同居)が出来なくなると言うのがT也の母親の理由だったことが分かりました。


結婚してからT也がよく口にしていたのが「お母に聞かないと分からない」「お母に言われた」という言葉で、何でも母親に相談し、母親を1番に優先しているT也の姿は、言葉は悪いですがマザコンで、母親の言いなりでした。


こんな事がありました。
T也は冷凍食品やレトルト食品ばかり食べて育ったと聞いていたのと、好き嫌いや偏食が多くアレルギーがあったので私は食事を全て手作りしていました。

T也は夕食のご飯の写メを必ず母親に送り、母親が夜勤の時以外は携帯電話で話しながら食事をしていました。

食事の時は携帯電話を使わないように話しても聞いて貰えなかったので、T也には勿論ですが、配慮の無いT也の母親にも嫌な気持ちを感じていました。

それまでご飯をお代わりして食べていたT也が急に食事の量が減り、食事の後直ぐ、「腹減った」「コンビニに行ってパン買って来い」等と言うので、食事をきちんと食べる様に言うと、T也は「お母にご飯を沢山食べるのは病気になる前兆だから、食べる量を減らせと言われた」「A子の作ったご飯を食べていたら病気になると言われた」と言い、冷凍食品やレトルト食品はきちんと管理されて作られているのでそちらの方が健康的だと言われました。

T也の母親からT也宛てに大量のカップ麵やレトルト食品が送られて来て、T也は私の作った食事には手も付けずにそれらを食べる事もありました。

私が何を言っても「お母が言ったから」と言い、理解してもらえないので口論になる事がありましたが、T也は都合が悪くなると大声で怒鳴ったり、私に向かって思いっきり物を投げつけたり、鋭い目つきで睨みつけ、私の気持ちを理解してくれたり、2人で相談して決めるという事も殆ど有りませんでした。


それどころか、T也は気に食わない事や、私に母親の事を指摘されると、その腹いせのように性交渉の時、「お母を悪く言った事を謝れ」「もう絶対にお母の悪口を言わないと約束しろ」と言われ、私が謝るまで許して貰えませんでした。

T也は怒ったかと思えば、落ち込んだり、泣きだしたり、反省しているのかと思うと、急にキレたり、怒鳴ったり、物に当たり壊したりするので、私はそんなT也の性格が理解できないのと、怒りのスイッチがいつ入るか分からないので、T也をあまり刺激しない様に気を付けていました。

ただ、ハッキリわかったのは、T也は母親の話しなると異常に反応し、正常な考えが出来なくなる事と、どんな事でも100%母親の肩を持つ事と、些細な事や、どんなに小さな事でも母親の事を指摘されると感情を抑えられなくなり、執念深く謝るまで許してくれないと言う事です。
T也は食事の写メを送ったり、金銭的な事、私が話した事など、事細かく母親に報告するので私は常にT也の母親から監視されている様な圧力を感じとてもストレスを感じていました。


本当なら結婚した時点で、私とT也は住民票を住んでいるアパートのある市に移すのですが、理由は分かりませんがT也の両親から住民票をT也の実家から移すことを禁じられていました。


私は妊娠している事が分かっていたので、早く産婦人科に行きたいと思っていましたが、住民票が無いので母子手帳の交付を受けられませんでした。


T也の母親は以前、産婦人科の看護師をしていたので妊婦検診の補助の事や住民票の登録以外の県では補助は受けられないなど詳しく分かっていましたが、交通費や4時間かけて妊婦検診に通う事は大変なので、アパートの近くの産婦人科で検診を受けたいと話しても「駄目だ」の一点張りだったので妊娠が分かってからもずっと産婦人科を受診する事が出来ないで居ました。


平日の朝,寝入っている時、T也から急に手を引っ張られ体を起こされ座ると、既に私の左手には手錠がかけられていたので,慌てて抵抗しようとしましたがすぐ右手を背中にまわされて手錠をかけられその後,力づくで布団に押し倒され暴行を受けました。

私は,T也から体を押し倒されたとき,何度も「痛いから止めて!」も言いましたT也は「すぐ,気持ちよくなるから」など私の言葉など
を無視して暴行してきました。
私は肩の付け根がビリビリと激しく痛かったので上半身を動かそうとすると手錠が腰に当たりその場所も痛くなり、とにかく苦痛で仕方ありませんでした。
そのうち私は言い様のない脱力感と吐き気を催し、気持ちが悪くなり「気持が悪い」「吐きたい」と言ってもT也は行為を続けていましたが、徐々に私は頭がボーとして肩や、腰の痛みも感じ無くなっていました。

T也は私の顔に精液をかけた後、手錠を外し直ぐ、部屋を出て行きました。
私は性液の匂いが気持悪く、早く綺麗に洗い流したかったので、
シャワーをしようと思いお風呂場に行きましたがシャワーをしている間に、貧血のような感じでめまいがして立っていられなくなり、座ったまま具合が落ち着くのを待ちましたが、酷い吐き気が止まらなかったのでずっとお風呂場に居ました。

だるさと、吐き気と震えが治まりませんでしたが、座っているのもきつくて体を横にして休みたかったので寝室の布団に行きましたが、今までない経験したことのない様なだるさで動く事ができませんでした。


仕事に行く前、寝室に来たT也は私の状態を見て驚き、話し掛けて来ましたが、私は、声は聞こえていても返事をする事が出来ませんでした。

T也はその場で自分の母親に電話をして「A子がグッタリしている」
「真っ青で話しも出来ない」「顔がつめたい」「気がついたらグッタリしていた」など長い時間話し、その後、職場に電話をして仕事を休みましたが、オロオロするだけで私を病院に連れて行こうとはしませんでした。

しばらくして私は話しが出来る様になったので、実家の母に電話をして具合が悪いので実家に帰りたいので迎えに来てくれるように頼みました。

母から具合が悪いのであれば実家まで帰るより、まず近くの病院に行くように言われましたが、私はT也にまた何をされるか分からない怖さと、こんなにも具合が悪いのは普通では無いと思い、とにかく「帰りたい」と繰り返し母に話しましたが、途中からは涙が溢れて話しが出来なくなってしまいました。

私の様子がおかしいと感じた母はT也と電話で話すと、T也は「ただのつわりなので大丈夫です。」「寝てれば良くなると思います」などと言っていましたが、心配した母がアパートに来ると言うとT也は渋々、私を実家に連れて帰る事を承諾しました。

電話を切った後、T也は感情的になり私の母の事を「うぜーんだ糞婆」と怒鳴りながら床に携帯電話を投げつけ、私に「何で帰りたいって言った」「チクル気か?」と怒鳴ってきたので「本当に具合が悪いから帰りたいだけ」と言いましたが、私はT也から怒鳴られたり、睨まれると、動悸がしたり、口やノドがカラカラに乾いてしまうので、それ以上T也を刺激しないように黙っていました。


T也から性的暴行で初めてガムテープを使われた後に過呼吸が起きた事がありますが、暴行を受けている最中とその後、こんなにも具合が悪くなったのは初めてでした。


母は私が産婦人科を受診していない事を知っていたのと、つわりや妊娠の為に体調が悪くなっているのかと思い、T也との電話の後、母の知り合いの産婦人科に連絡を入れ直ぐ診て貰えるように話しを通してくれていました。


実家に向かう車の中で私はずっと後部座席に横になって休んでいましたが、T也は、私の体調を気に掛ける様子も話し掛け来ることも無く、殆ど口を聞きませんでした。


病院に付く少し前、T也から「余計な事は絶対に言うな」「シャワーをしてたら具合が悪くなったと言え」と言われ、手錠の事も、暴行を受けている時に具合が悪くなったことも、朝、性交渉があった事も堅く口止めされました。

その後T也は「中で出してたらバレたよな」「危ねー」等と独り言を言っていましたが、今思うとT也は車の中で、私にした事がばれないか気が気では無く、必死で都合のいい嘘を考えていたのだと思います。


病院の待合室には私の母とT也の母親が来ていました。

T也の母親は私を見て「何だ歩けるんだ。T也から電話来た時は意識が無いと言っていたから救急車を呼ばないといけないと思ったけど、その後、○○(地元)まで連れて来るって連絡があったから、来れる位落ち着いたんだ。人騒がせな人だね」と言われ、私の母も「意識が無い」「救急車」と言う言葉を聞きそんなに大変だったのか?と私とT也に聞いて来たので、私は「大丈夫」と答えましたが、T也は何も答えませんでした。


この時の診察で私は初めてエコーに写った赤ちゃんを見たのと、力強く鼓動を打っている心音を聞いて、安心したのと、決して良い胎教ではない私のお腹の中にいる赤ちゃんが可哀想になり泣きそうになってしまいました。

診察室に一緒に居たT也はエコーに写ったまだ小さく輪郭だけの赤ちゃんの姿を見て「A子に似てメッチャ可愛い。」「スゲー鼻筋通ってる。」「早く抱きてー」等とわざと大げさに白々しい事を言い演技をしているT也を見て朝からの事や、人前でだけ良い人をブル態度が悔しくてこらえきれずに泣き出してしまいました。

気持が悪い程T也は私の側に寄り添っていたので、看護師の人は私が感動して泣いているのかと思ったかも知れませんが、私は本当にT也の演技をしている姿に腹がたち、悔しかったです。

診察を終えて、場所を変えて看護師から母子手帳の交付の説明などを受けていました。

その間に私の母とT也が医者から説明を受け、私が前置胎盤の疑いがある事と、体調が悪くなったのはストレス等で、つわりが酷くなったのかも知れないので、無理をさせないでゆっくり休ませるようにと言う話しがあったようです。


3人のいる待合室に戻ると、T也からエコーで撮った赤ちゃんの写真を渡されました。
写真の下の余白に「前置胎盤」と書いてあったのでそれが何なのか分からなかったので聞くと、T也の母親は「まともに産めない事」と言い、その後「産むなんてまだ、決まって無いんだから、妊娠してることは誰にも話すな」と言われT也は「分かってる」と即答しました。


母はT也の母親の言葉を打ち消す様にT也に向かい「お父さんになるんだから頑張ってね」と言っていました。T也は小さくうなずいていましたが、私は赤ちゃんに何か問題があるのかとても不安になりました。

私はそのまま実家に帰りしばらく休養する事になり、母と実家に向かう車の中で私はT也の母親の言った言葉や、前置胎盤の為に赤ちゃんが産めないのか?私の知らない所でT也とT也の母親が何を話していたのか気になり、写真の下に書かれていた「前置胎盤」と言う言葉の意味を母に聞きました。母は、前置胎盤は疑いであって、まだ小さいからこれからの経過を見ないと分からない事、例えそうであっても元気な赤ちゃんを産んでいる人が沢山いる事を話してくれました

家に帰り、ネットで前置胎盤に付いて調べると、妊娠後期や出産時に問題が起こる事がある事と、胎盤の位置によっても症状が変わる事が書いてあり、前置胎盤の為に赤ちゃんを中絶しなければいけない事などは、どこにも書いてありませんでした。

T也の母親が言った「まだ産むか決まってないから・・・」と言うの
は前置胎盤の為だと思っていましたが、待合室でT也が母親にエコー
の写真を見せた時、「まだ若いのに、子供なんか産んだらT也の負担
が増えるだけだから堕しなさい。」「早い方が良い」と言っていた事を
母から聞き、私はとてもショックを受け、どうしてT也は母親に何も言ってくれないのか?どうして子供と私の事を守ってくれないのか?何故T也の母親はいつも勝手な事や酷い事を言うのか悔しさと、怒りで一杯でした。

それまで私はT也の母親の事は苦手でしたが、この病院での事があってから本当に「怖い人」と感じたのと、「嫌い」と言う強い感情を持つ様になりました。


私の母も、T也から両親からの差別や家族との不仲、母親が家で1番強い、誰も母親には逆らえないと言っていたのを聞き、それを信じていたので、T也の母親の非常識さや、性格の強さは知っていましたが、T也と母親が一緒に居る時の仲の良い姿や母親に言う事を頷いて聞いているT也を見て、T也の話しに嘘がある事を感じていたようです。


私が実家にいる間にT也は電話で何度も「無理して産まなくても良いんじゃないか?」「子供はまだ早い」「2人の時間がもっと欲しい」「堕して」と言って来ましたが、それは母親から言わされている事は分かっていたので、T也やその母親がなんと言おうと私は子供を諦める気持ちや迷いは全くない事と、同じ事を言うのであればアパートにはもう帰らないと伝えました。

T也とその母親が中絶させようとしている事を知ってから、「私が子供を守る」と言う強い思いと、子供に対する思いが強くなる一方で
T也の母親の介入が酷くなるのではと言う不安と、これから先、T也が変わらないかも知れないという思いや、不信感が大きくなっていきました。

これまでT也から受けて来た事や、T也の母親の嫌がらせ等で何度も傷ついて来ましたが、エコーで見た赤ちゃんの姿と心音を聞いて子供への想いが一層強くなり「自分の事は我慢しても子供の事は絶対に私が守る」という強い思いが私の支えになりました。


T也が中絶を進めている事を知っていた私の両親はT也が家に来た時、中絶に付いて私が嫌がっている事と、授かった命は粗末にしてはいけないと言う事を話すとT也も渋々承諾しましたが、この時、両親が話した事がまた、T也の嘘によって後から大きな問題になってしまいました。


私は実家にいる間にネットで離婚相談所を調べ、性的暴行の事は話しませんでしたが、T也の性格(特に平気で嘘を付く事)やT也と母親の事、等を話しどうすればいいのか相談しました。

このような所に相談したのは初めてでした。

初めは妊娠している事もあり、子供の事や経済的な事を考えても修復をする事を勧められましたが、話しの途中から、「この男は見込みが無いから出来切るだけ早く別れた方が良い」と言われ、「この男はまともでは無い」とまで言われました。

夫婦問題を専門にしている人から「見込みが無い」「まともでは無い」と言われ正直「やっぱり」と言う思いがありましたが別れる事は出来ないと思いました。


T也の事を「私が変える」と思っていた自分がいましたが、それは
両親から充分な愛情を受けられなくて、常識を教えてもらえなかった為に出来ない事が多いと思い、私が愛情を示せば変わってくれると思っていましたが、母親とT也の関係を知って、私にはT也を変える事は出来ないと言う思いに変わって行きました。


アパートに戻ってからの生活はT也と私の間に大きな溝ができていました。

T也は相変わらず自己中心的で遊び歩き、だらしのない生活をしていましたが、私はお腹の子供に気持ちが向いていたのでT也の事はあまり考えない様になりました。

T也はこれまで通り、私が思い通りになると思っていたのかも知れませんが、私がT也の事にあまり手を掛けない無い様になったことや、自分のペースで時間を使う様になったり、一人で出かける様になると、T也の方から話掛けて来たり、機嫌を取る事が多くなりました。

それでも私がT也とのスペースを取っていると、T也はまた、母親の悪口や、実家の悪口を話してきたり、子供が生まれるのが本当に楽しみだ等、都合の良い話しをしてきましたが、私はT也の言葉を信じられませんでした。

T也もマズイと思ったのか、食事をしながらの母親との電話の回数や、深夜まで遊び歩く事も減ってきました。

そんなある日曜日、私が掃除をしているとT也は一緒に出かけようと誘って来ましたが、私が行かないと言うと急に怒り出し「そんなに掃除が好きならこれも全部綺麗にしろ」と言いながらベランダに置いてあったゴミ袋を破り部屋中にゴミを巻き散らかし、その後、台所の部屋のゴミ箱のゴミを散らかし「お前は掃除だけしてろ」と怒鳴り出かけて行きました。


夜遅く帰って来たT也は出て行った時とは別人の様に静かで、何度も私に謝って来ました。

私はT也と口を利くのも嫌だったので、無視をしているとT也は泣きだし「俺なんて死んだ方がましだよね」「もう俺の事嫌いになったんでしょ」と言うと思い切り両手で自分の髪の毛を鷲つかみにし、唸り声を上げながら思いっきり引っ張り続け、その後、握りこぶしで何度も何度も頭を叩き、その次に、ガラステーブルに額を何度も叩きつけていました。

その間何度も私は止めましたが、聞こえないかの様に自傷行為を続けるT也を見て、とても驚き、頭がおかしくなったのかと思いました。
T也の自傷行為を見たのはこの時が初めてです。
この後から、T也の暴力が始まりました。



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