いろんな調査がありますが・・・

潜入調査もたまにあります。

ある社員が不正をしているのではないかとの疑惑があると社長からの依頼を受け・・・

それを確かめる為に、僕も社員として入社し、その不正をしている疑惑のある社員の不正を暴くという仕事もありました。

調査は結構長期間になり・・・

営業職として入社したので、普通に営業をして、売上げもあげていました。

会社の人達からは結構良くして頂き、飲みに行ったり、仕事を教えて頂いたり、フォローをして頂いたり、多少の罪悪感を感じながも、着々と不正の証拠を積み重ねていました。

で・・・

言い逃れが出来ないぐらいの証拠を集め・・・

社長も納得して、調査は終了になりましたが・・・

当然、調査費用は頂いているので、給料なんて出ません。


出ませんが・・・

調査終了の時の月は、運よく新規で結構大きな契約が取れたんですよね・・・


社長は・・・

「社員の不正を暴いてくれただけでなく・・・」

「君のおかげで、調査費用の何十倍も儲かったよ〜〜♪」

「いや〜〜めでたい♪めでたい♪」

「本当に感謝しているよ〜〜♪」

「これ少ないけど、ご褒美な♪」

と・・・

封筒を渡されました。

受け取ると、厚みから10万円ぐらいだと思いました。


僕「え!!ほ、本当にいいんですか??」


社長「もちろんだ!!」

社長「本当に助かったからなぁ〜♪」


僕「あ、ありがとうございます!!」


と・・・

いそいそとポケットに入れて、社長と別れてから、封筒を確認すると・・・

1000円の商品券が10枚でした・・・


僕「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」


僕「調査も頑張ったけど、営業の仕事も頑張っていたよな・・・」

僕「最後の月は、結構な利益を会社に貢献したよな・・・」

僕「僕・・・頑張ったよな・・・」

僕「深夜にお客さんの所に謝罪に行った事もあったよな・・・」

僕「他の社員の納期ミスで、商品をトラックに積んで、200キロ離れた所に配達にも言ったよな・・・。」

僕「スーツが足りなかったから、自腹で買ったよな・・・」


じっと・・・1000円の商品券10枚を見ます・・・


僕「そりゃ〜調査費用を貰っているから、別に給料をもらうのは違うのは分かるけど・・・」

僕「この、商品券も本来なら、頂けないのだけど・・・」

僕「1万円の商品券はすごくありがたいんだけど・・・」


僕「結構、普通の社員として、こき使われたよな・・・」


僕「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」


僕の器が小さいのかもしれないけれど・・・


なんとなく・・・・

なんとなく、釈然としない、モヤモヤした気持ちがありました。


ちゃんちゃん。。。



え〜〜


「DV被害の告白」ですが・・・

沢山の意見を拝見しました。

メールも沢山頂きました。

返信が出来ていなくてすみません。


辛くて読むのを止めたとの内容も何件かありました。


また、この内容が事実かどうか分からないとのご意見もありました。

確かにその通りかもしれません。

証拠を提示していない事でさらに、不審があるのかもしれません。

ただ、何故、A子さんが現在も苦しんで、辛くても戦う事にしたのかを、理解してほしいとの気持ちもあり、このような告白文を書いて頂いています。

外傷後ストレス障害(PTSD)と診断されている、A子さんがこの事を書くのはかなり辛い事で、かなり無理をさせているのかもしれません。

この事件は、あまりにも複雑な内容が絡み合っているので、一部分だけを抜粋しても、僕の文章力ではまとめる自信がない事もあります。

今後の流れとしては、結婚後、A子さんが耐え切れなくなり別居をして、T也、T也家族、T也弁護士、T也の友人達の嘘、虚偽などや、警察、司法の対応などや、裁判記録をそのまま掲載するなどは出来ませんが、ある程度の証拠を提示して、A子さんが告白している内容と、T也が主張している内容と、どちらが信憑性があるのか、どちらが嘘を付いているのかを、T也側はどれだけ矛盾点があるのかを、客観的に判断をして頂ければと思います。

そして、警察のあまりにも酷い対応や、司法の判断なども、ある程度の証拠を提示していきたいと考えています。

※どこまで提示出来るかは、今後の流れにもよります。

まだ話は途中ですし、さらに酷い内容が今後出てきますが、ここまでの事をされてもT也は、刑事的責任は一切なく、DVでもないと、警察、司法は判断しました。

逆に言えば、極論になるかもしれませんが、ここまでの事をしても、結婚さえすれば、夫は処罰されないんだよ、やりたい放題なんだよって事になってしまいます。

夫婦間のレイプ(強姦罪)を司法が判断するのは、かなり難しいのは理解しています。


これを認めてしまうと、DV虚偽以上に、悪用する妻が増えてしまうとの懸念も確かにあります。

その基準となる判例はありますが、まだまだかなりハードルが高いと思います。

でも、僕はA子さんの内容なら、夫婦間レイプ、DVは認められるべきだと考えています。

しかし、警察、司法は「認めない」でした。

「泣き寝入りしろ」でした。

「夫婦だから問題ない。」でした。

(ここら辺の流れも複雑でしたが・・・)


「夫婦間レイプの刑事法上の位置付け 海渡双葉」

夫婦間レイプについての判例や刑事法上の位置付けなどが記載されています。

※携帯電話・スマホでは見れないかもしれません。

http://www.lawandpractice.jp/files/rokugou/L&P6kaito.pdf#search='%E5%A4%AB%E5%A9%A6%E9%96%93%E3%81%AE%E3%83%AC%E3%82%A4%E3%83%97'


沢山のコメント、メールありがとうございます。

どのようなご意見でも、この件に関心を頂いている事に感謝します。

これからも「DV被害の告白」は続きますが、よろしくお願いします。


「DV被害の告白、9」行きます。


「DV被害の告白」をはじめから読む。


※メディア関係の方で、この内容が気になりましたら、ご家族をご紹介します。(ご家族の許可を得てからになります。)

『メールはこちらから』




※この件に対する誹謗中傷は、申し訳ないですが遠慮なく削除します。

また、コメントを一時預かりにし、確認後公開する事もあります。


1、「DV被害の訴え」

2、「DV被害の訴え」

3、「DV被害の訴え」

4、「DV被害の訴え」

5、「DV被害の訴え」

6、「DV被害の訴え」

7、「DV被害の訴え」


よろしくお願いします。


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『トラン探偵事務所』

私はT也と一緒に住む様になってから、たまに母とメールをする位で、その他の家族とは連絡を取れていませんでした。

それは後ろめたさや罪悪感から出来ませんでした。

家を出て2ヶ月位した頃、姉から突然電話がかかって来たので、怒られる事を承知で電話に出ると、姉はとても事務的な話し方で、私が家を出てから父が病気になった事を告げられ、最後に「A子の事はもう、妹と思っていない」と言い電話を切られました。

激しい言葉や、口調では無く、淡々と話す言葉に、怒りの気持ちが強い事が分かりました。
父が病気になったと聞いて、私が原因だと直ぐ分かりました。

これまでの母とのメールは私の体調を気遣うことが殆どで、家族の状況は知らせてこなかったので、私は家族が怒っているので、あえて触れないのだと思っていました。

母に電話をし、父の病気の事を聞くと、胃潰瘍で通院している事を聞きましたが「大丈夫だから」と言い、それ以上詳しくは話してくれませんでした。

私は父の病状を詳しく聞く為に妹に電話をしました。

電話に出た妹はとても不機嫌で、投げやりな話し方で、私を避けている事が分かりましたが、私が家を出た事で、家族の中で大きな喧嘩が起き、それぞれが部屋にこもるようになり会話が無くなった事や、姉兄達が「何故どんな事をしても私を止めなかったのか」と両親を責めていた事、父が病気になった事で、怒りの矛先が母親に向いている事を聞きました。

「家族がバラバラになってしまった。」
「誰のせいでこうなったか考えてみたら」と言われ、私は自分が考えていた以上に家族に重荷を負わせてしまった事や苦しめていた事を知り、返す言葉がありませんでした。

この後、父や家族の様子を聞く為に妹に電話をするようになり、妹とは徐々に話しが出来るようになりましたが、父と姉兄とは話す事が出来ませんでした。

父にきちんと謝らなければいけないと思いましたが、直ぐ電話をする勇気がありませんでした。

数日後、父に電話をしましたが、父は私の話しに短く返事をするだけで、父から話をしてくる事は無く、会話も続かず、こんな父は初めてで、これまでにない程とても気まずい雰囲気でした。

これは、後から妹に聞いた事ですが、私の性格を知っている母は、このまま家族と連絡を取らなければ私が家族から孤立し、ずっと家に帰れなくなる事を心配し、いつでも家に帰って来れる状況を作ろうと父や姉兄達と何度も話したり、許すことの大切さを話したり、父と喧嘩になった事や、母が泣いている姿を何度も見た事、母が私を庇った為に非難を受けている事、数ヶ月後にある兄の結婚式で、私と会いたくないと言う兄弟もいる事や、母は家族と私の溝を埋めようと大変な思いをしていた事を聞きました。

自分が考えていたよりも深い家族との溝は私にとって大きな苦しみで、これ以上家族を落胆させたり、苦しめる事は完全に家族との関係が切れてしまうと言う怖さで、T也の所に来てからの事や、性的暴行を受けている事は絶対に知られてはいけないという気持ちが強くあり、嘘でもT也とは問題が無い素振りをし、T也から受けている事は絶対に話す事など出来ませんでした。

私はT也に何度も暴力的な性行為は止めてくれる様に話しましたが、T也の性的異常さはエスカレートしていきました。

T也の性欲を満たす為に、一方的で暴力的な性交渉を受ける事は何度も有りましたが、初めて、T也から道具を使って性暴力を受けたのは一緒に住んで2ヶ月が過ぎた頃です。

私はいつもの様に食事の後片づけをしながら翌日の用意など家事をしていると、T也は好きなギターを弾くのを止め、私の後を付いて周り、いつもと違う様子で「早く寝よう」と言ってきました。

家事が終わっていない事と、明日の準備が残っているので、先に休む様に言うと「今日は良い物があるから早く終わらせて」と言ってきました。

私はこれまでT也からクリスマスや誕生日もプレゼントを貰った事が無かった事や、いつも自己中心な生活ばかりしているT也が私の為に何かを用意していてくれた事がとても嬉しくて、この良い物と言うのを何かプレゼントが有るのだと思い喜び、T也に「良い物って何?」と言うと「寝るまでの楽しみだから、早く終わらせて」と言っていました。

家事を終わらせた後、布団の上に座り「良いのって何?」と聞くと相手はパジャマ(中学の時の体操着を切った物)のポケットから電池のような物を取りだし見せてきました。(縦が6〜7センチ,単2の乾電池位の太さで、全体が銀色で上に小さな黒いボタンの様な物が付いていました)

私は何か分からなかったので「何それ?」と聞くと相手は「一回500円のガチャポンで買った。お金を入れても出てこなかったから、お店の人に言ったら、この中で好きなのを選んで良いと言われたから一番良いのを選んできた」と言うので、私は何か全く理解が出来なかったので、もう1度「それ何?」と聞くと、黒いボタンを押し震えているその器具を私の下半身に近づけてきて、「こうやるんだよ」と言ったので、相手の手を払いながら「良い物ってこれ?」と聞くと、相手は「そうだよ」と言ったので、「人を何だと思っているの!意味の無い物にお金を使うの!! 一回 500円もするガチャポンなんてある訳ないでしょ!! こう言う事をすること自体信じられない!! 

そういう物見たくないから捨てて」と言うと「友達とアダルトショップに行って買った。嘘だと思うなら友達に聞いてみな」と言ったので「そういうお店に行く事自体信じられない」と私は本気で怒り、T也に背を向けて横になりました。

少しすると相手は寝ている私の後ろからスイッチの入った器具を下着の中に無理矢理入れてきました。

私は相手の手をつかんで大きな声で「止めてって言ってるでしょ!」「放して」と何度も言いながら手を払おうとすると、T也は私の上に馬乗りになって私の両手を自分の両手で押さえつけ(大の字のように)「どう?」って聞いてきました。(この時この器具は下着の中に入ったままでした)

この時、私は泣きながら怒り、相手に止めてと何度も言うと相手は下着からその器具を取り、そして私の下着の腿の付け根の部分を横にずらし、無理矢理暴行されました。私は泣きながら抵抗していたので、T也は行為が終わった後、「ごめん」と言っていましたが、私は口を利くのも、顔を見るのも、近くにいるのも嫌だったので隣の部屋に行って一人でいました。

T也は何度か部屋に来て「いつまで怒ってるの?」と話し掛けて来ましたが、それでも私が黙っていると、「直ぐそうやって怒る。勝手に怒ってろ」と逆切れされ、部屋を出て行きました。


翌日の朝、私が部屋にこもったままだったので、早く朝食を作るように催促してきましたが、私が部屋から出なかったのでT也は仕事に出かけました。

T也が出て行った後、私は急いで玄間の鍵を掛け、T也の寝ていた布団の下や、押し入れの中など、昨夜「T也が使った物」を探しましたがどこにもありませんでした。

仕事に行っても、その日は、気持ちが沈み、「T也の使った物」がどこに隠してあるのかずっと気になっていました。

また、いつ、使われるか分からないと言う思いと不安から、早く見つけて捨てようと思い、急いで、アパートに帰り部屋の中を探しましたが見つけられませんでした。


夜、仕事から帰ったT也にどこにあるのか聞きましたが、「そんなの教えるバカがどこにいる」と言われ、T也と口論になり私が何度も「捨てて」と言うと「人が買った物グダグダ言うな」と怒鳴られ、その後は鋭い目つきでずっと睨みつけるので、怖くなり、それ以上は何も言えませんでした。

私が黙るとT也は「今度はもっと凄いやつ使ってやるからな」とすごんで来ました。

その後、私が落ち込み一人でいると、T也の態度は一変して「言い過ぎて悪かった」と謝ったり、優しい言葉を掛けて来るなど、反省した様な素振りを見せて来ました。

性的暴行を加えられた後、私が泣いたり怒ったり、落ち込んだり、精神的に不安定になるので、その後しばらくは道具を使っての性的暴力は無くなりますが、2週間も経たないうちに、またT也の異常な性的暴行が繰り返されました。

その日、私は,先に布団で横になって携帯電話の目覚ましをセットしていました。すると、T也が、玄間の方から使いかけのガムテープを持って寝室に入って来ました。

私は、アパートにガムテープを置いていなかったので、「どこにあったんだろう?」と思いましたが特に気にとめませんでした。

T也は私の隣にきて「起きて。」と言ってきたので、私は「何?」と言い,体を被告の方に向けると、T也は「手を出して。」と言うので,私は「なんで?」と聞き返しました。

T也は「いいから。」と言うだけで何も説明をしようとはしないので、私は「嫌だ」と返答しました。

このような言い合いを何回か繰り返していると、T也は、怒り出して強い口調で「いいから早く!」と言ってきました。

私は、手をT也の方に出しました。

すると、T也は、私の右手首を掴み、手の平を合わせるようにして、私の両手を握りました。

そしてT也は、ガムテープを取り出してきたので、私は「なに?」と聞きました。T也は「いいから。」と言いながら、器用にガムテープを持って私の両手首にグルグルと巻いてきました。私は,全く状況が飲み込めず、T也に「何やってるの?」と聞きました。

T也は,「いいから。」としか言いませんでしたが、その顔はいつもと違い異様な目つきで気持が悪かったので、私は「嫌だから取って。」と何度も言いましたが、T也は「はいはい。」と言いながらやめませんでした。

T也は、私の両手首にガムテープをグルグルと6〜7回巻きつけて固定したので、私は両手を自由に動かすことができなくなりました。

それから、T也は,ガムテープを切り、私の両手首の上からガムテープを強く押さえつけてきたので、私は「嫌だ!早く取って!」と怒りながら何度も言いました。すると、T也は,ガムテープで私の口を塞いできました。

私は,首を振って抵抗すると、もう1回上からガムテープを貼られ、剥がれないように強く押さえつけられました。

それでも、私は、声を出してもがいていたので、被告は、ガムテープの上から手で私の口を押さえつけてきました。被告の手は、私の鼻をも塞いだので、私は、息が出来なくなってとても苦しくなりました。

私は、本気で被告に殺されると思いました。

私が声を出すのをやめると、T也は、私の口から手を離し、私のパジャマと下着を無理矢理脱がし膣に何か異物を入れてきました。

私は,嫌で嫌でたまらず、この状況をどうにかしようとして、必至で唇の周りを舌で舐めてガムテープを取ろうとしました。
しかし、唇の周りに少し隙が出来るぐらいでガムテープは取れませんでした。そして,T也は異物を取った後、私は、T也から強姦されました。

T也は,私を強姦した後、直ぐ下着を履き私の両手のガムテープを外しました。

私は、急いで自分の手で口のガムテープを取って畳の上に捨て、下着とパジャマを持ってリビングに行って履き,テレビをつけて部屋の隅に膝を抱えて座りました。

直ぐ被告も台所に来て、冷蔵庫から飲み物を取り飲んでいました。被告が「あっちで寝るよ。」と言っていましたが、私が答えないでいると「直ぐそうやって怒る。」と言いながら何かブツブツ言っていました。

T也は、私が泣きだすと、怒ったような低い声で「親には絶対に言うなよ。言ったらどうなるか分からないからな。」と言って寝室に行きました。

私は、感情が抑えられなくなり、しゃくりあげて泣きました。すると、呼吸が苦しくなって過呼吸が起きてしまいました。

過呼吸が起きていたとき、T也は一度リビングに来て何か言っていましたが、何を言われたかは覚えていません。

私は、T也と同じ部屋で寝る気になれず、そのまま朝までリビングで過ごしました。見たい番組が有ったわけではありませんが、何も考えたくなかったので朝までテレビをずっと付けていました。

この頃の生活は、私が仕事に就きT也の知らない私の世界が出来ると、T也の束縛は酷くなり、仕事に着て行く服も決められたり、職場の人の名前や家族構成を聞かれたり、誰と何を話したか、休憩時間に何をしていたかなど細かい事まで聞いて来る様になり、職場の人とは、余計な事は話さない用に何度も言われました。

今、思うと、T也は私がT也から受けている性的暴力を誰かに話す事を心配して、他の人と話す事を嫌がっていたのだと思います。

性的な事を厳しく戒められて育った私にとって、T也から受ける性的暴行は、どんなに抵抗したとしても、そのような行為を受けてしまった自分は汚れていて、もう価値が無く、堕落したように思え、諦めの気持ちが大きかったです。

家族との関係も改善していなかったので、そのような状態で兄の結婚式に出席しても、周りに不愉快な思いをさせてしまうので、出ない方が良いと思い、その事を母に話しました。

母は、私がした事は簡単に受け入れられない程ショックな事だけれど、誠意を持って謝れば分かって貰えるから、結婚式まで家族との関係を改善するようにと言う事を言われました。

私は電話で話してもうまく自分の気持ちを伝える自信が無かったので手紙を書きました。

家族からの返事はありませんでしたが、その後も、謝罪と自分の近況を知らせる手紙を出しました。

数日後、父からの手紙が届き、そこには、父の思いと、結婚式に出席するように書いてありました。

母から家族の気持ちも少しずつ変わって来ている事を聞いていましたが、それでも結婚式で家族に会う事は私にとって、とてもプレシャーでした。

しかし、実際に会うと家族は私が想像していた最悪な状態では無く、父や姉兄から話しかけてくれました。
前の仲の良かった頃とは違いますが、それでも、家族と言葉を交わしたり、家族の側にいる事は私にとって、とても嬉しい事でした。

結婚式が終わり、家族は実家に帰りましたが、私は1人、T也のいるアパートに向かいました。

家族と別れた時、自分も一緒に実家に帰りたい。家族と元のように仲良くなりたい。と言う思いが込み上げ涙が止まりませんでした。

アパートに帰ってからも、家族の事が頭から離れず、会いたいと言う思いがどんどん大きくなっていきました。

T也は私の両親と私に「必ず結婚する」と言っていたので、これから先の事をどの様に考えているのか聞いてみました。

T也は私の父に言った通り結婚をするつもりでいる。と言う言葉を聞き、T也の嘘付きの性格や、豹変する事、性的暴行など、傷付いた事は沢山ありましたが、家族の反対を押し切って家を出た私は、どんなことを我慢してでも、もう一度家族と前のように仲良くなりたいと言う強い思いがあり、中途半端な生活を止め、結婚すれば、家族との関係が元に戻れると思っていたので、結婚に対しての躊躇はありませんでした。

ただ、T也の異様な性欲や強引な性交渉が本当に苦痛だったので、結婚の条件として、性交渉を強要しない事。暴力的な性交渉はしない事、物を使っての性交渉は絶対にしない事。嘘は絶対に付かない事。自己中心的な行動を止め、家庭を優先するを約束してもらいました。

T也が簡単に嘘を付く性格はT也の育った環境とT也の親に問題があると思っていたので、私が誠実にT也と向き合い、T也に愛情を向ければ変わってくれ、嘘を付かなくなるという思いと、自己中心な行動も、家庭の中で親から教えて貰えなかったことで常識が身に付いていないのだと思っていたので、高慢ですが「私がT也を変える」という思いでいました。

そして、本当に私とこれからもやって行きたいなら、もし隠している嘘があるなら、正直に話してくれるようにT也に話すときっぱりと「A子が知っている事が全部で後は嘘は無い」と言い切りました。

私はT也に実家に帰り結婚の事を話したいと言うと、私が1人で行く事を嫌がり、自分も一緒に行きたいので、少し時間が欲しいと言われました。

実家に帰るまで、母には結婚に付いて話しをしていたので、母から父に話しが通っていました。

私とT也は実家に帰り、両親に結婚の話しを正式にしました。

中途半端な状態でT也と生活をする事に反対だった両親は、このまま、T也と中途半端な状態を続ける事と、結婚の2つしか選択肢が無いのであれば、結婚を認めるしかないが、結婚は当人同士だけの問題では無く、家族同士の繋がりにもなるので、T也の親はどのような意見なのか聞かれると、

T也 「まだ、何も話していない」
父  「それではこれ以上の話しをする事は出来ない。結婚は大切な事なので両親と良く話して来るように」
T也 「自分の親は、俺の事には無関心だから、何も言わないと思う」
父  「結婚はそんなにいい加減な物では無いし、T也は長男なのだから、T也の両親にも、色々な考えがあると思うから、きちんと両親と話すように」
T也 「自分の家は長男とか関係なく、家は妹が継ぐ事になっていて、妹も両親もそのつもりでいる」
父  「T也は農家の長男なので、T也が差別を受けて育ったとしても、結婚となれば色々な問題が出て来る。とにかく両親と良く話して来なさい」と話しました。

父は自分の子供を分け隔てをし、愛情も掛けないT也の両親が私の事を受け入れてくれるのか?心無い事をされるのではないか?と言う心配があったようです。

父から指摘をされ、私もこれまでT也から聞いていたT也の家族の異常性や、特に妹と母親の非常識さと、母親がきつくて怖かったので、同居の事や、結婚してからのT也の家族との関わり方に付いてT也に相談しました。

T也は「同居など考えた事も無いし、あの家には近寄りたくも無い。」と言い、反対に「あんな奴らと一緒に住める?」と聞かれました。

T也は「普通は長男が家を継ぐけど、家は妹が継ぐとずっと言われて来たし、妹だけ可愛がって来たのだから、自分もあんな家を継ぐ気も無いし、好きで長男に生まれた訳でないから、関係ない」と言い絶対に同居などしないと言っていました。

その後、結婚についてT也は「お母が好きにしていい」と言っている。と言って来ましたが、以前にも、私の父から「お母さんでは無く、お父さんはどう思っているか?」と指摘された事があったので、私はT也に「お父さんにも聞いて」と話しました。

T也は、私の前では絶対に自分の家族に電話をしなかったので、T也が家族とどの様な話しをしているのか、会話のやり取りの雰囲気なども全く分かりませんでした。

私は何度も「お父さんと話しをして」と頼みましたが、T也は「お母が良いって言ったから大丈夫だから」と言い、聞き入れて貰えませんでした。

再度、私の実家に結婚の話しをしに行き、T也は私の両親に「自分の両親も結婚には賛成をしている。籍を入れるなら早くした方が良い」と言われたと話し、結婚に対して何も問題が無い事を強調していました。

その後、私と両親とT也で結婚についての義務や責任を何度も話をし、両親からの許可を貰いました。

正式に結婚が決まりましたが、何日待っても私の実家にT也の両親からの連絡は一切無かったので、私の父はT也に「この先、T也の両親が結婚の話で家に来る予定はあるのか」と聞くと、T也は「何も聞いてないから無いと思う」と答えました。

これまでのT也の話しから、T也が妹と差別を受けていた事はわかっていましたが、「結婚」と言う大きな節目にも一切知らん顔をしているT也の両親の非常識さに驚くと共に、ここまで親としての責任を果たさない事に愛情の無い人なのだと思いました。

その後も一切、T也の家からは連絡も挨拶も無かったので、私の父はT也に「近くに住んで居ながら親同士が顔も知らないのはおかしいし、挨拶も出来ないので、何処か食事をしながら顔合わせの席を用意して欲しい」と提案しました。

T也は「親と話したら、場所と時間は任せる」と言われたと言い、適当な場所が分からないので、私に何処か探して欲しいと言ってきました。

私は改まった場所は分からなかったので、母に相談し、幾つかよさそうな所を教えて貰い、場所と、食事の金額をT也に話しました。

T也から言われた、場所と食事を予約し、初めて両家が顔を合わせました。

時間は1時間程でしたが、その間、T也はずっとうつむいたままで、殆ど話しをする事も無く、一人もくもくと食事をし、和やかな雰囲気と言えるものでは有りませんでした。

食事が終わるとその席で、T也の母親がT也に向かって「ここはあんた達がお金を払いなさいよ」と言い出し、T也は一瞬驚いた表情をしましたが目をギョロギョロさせ困った様子で私に小声で「お金ある?」と聞いて来ました。

それを見ていた私の母が「ここはこちらで払います」と言ったので、その場はそれで収まりました。

部屋を出て、私は直ぐ、母からお金を渡されT也に渡す様に言われ、T也が会計を済ませました。

私達家族は、T也の母親の言葉に想像していた以上にT也の母親が大変な人だと言う事と、父親が家長として威厳がない事が分かりました。

結局、その後もT也の親から、結納の話しも、式の話しも一切ありませんでした。



これが結婚に至った経緯です。


私は離婚調停、裁判でT也が恐ろしい程の嘘付きである事と、私がその嘘を信じT也の元に行った経緯と同居をしてから繰り返し行われた性的強姦の詳細を陳述書として提出しました。

T也側が提出してきた陳述書には、「自分の育った環境が悪いとか、自分は冷遇されているとか、そのような類の話しをした事は一切有りません。何か誤解を受けるようなことを言った事はないかと聞かれたのですが、思い当たる事は有りません。」

そして転勤してからの事に付いて「私(T也)と原告の間で同棲しようかと話があり、自然の流れとしてそうなったのです」
と書いてありました。

T也その代理人の弁護士は私の主張を全て否定しています。

私が、T也と同居に至った経緯も、T也の家族は、「T也の転勤に私が無理矢理付いて行き住みついた。」「子供が出来たので仕方なく責任を取って結婚した」「金目当てにT也に近付いてきた」と言いふらしています。



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