現在掲載をしている「DV被害の告白」ですが、ブログやSMSなどで広めて頂きたいです。

特に、東北地方、福島方面の方に広めて頂きたいです。

T也は、かなりの不特定多数の人物に、自分で作り上げた「嘘」を広めています。

当然、T也は被害者で、A子さんは加害者との内容で、事実無根の誹謗中傷をばら撒いています。

また、T也だけではなく、T也側の人間も積極的に、事実無根の誹謗中傷をばら撒いています。

ネズミ算式に、事実無根の嘘が広まっています。


事実無根だという事は、裁判記録などで証明出来ます。

また、録音記録などで証明出来ます。

物的証拠で証明出来ます。

T也がどれだけの嘘を付いているのか証明出来ます。


しかし、狭い街なので、かなり拡散されてしまっています。

当然名誉毀損にあたる内容なので、対応する予定ですが、一旦流れたデマを訂正する事は容易な事ではありません。

被害者なのに、街で暴言を吐かれた事もあります。

嫌がらせ電話をされています。


少しでも事実を広める為に、ブログやSMSなどで紹介をして頂きたいです。

どうしても、世間の注目を浴びないと解決できない内容もあります。


よろしくお願いします。



「DV被害の告白、7」行きます。


「DV被害の告白」をはじめから読む。


※メディア関係の方で、この内容が気になりましたら、ご家族をご紹介します。(ご家族の許可を得てからになります。)

『メールはこちらから』




※この件に対する誹謗中傷は、申し訳ないですが遠慮なく削除します。

また、コメントを一時預かりにし、確認後公開する事もあります。


1、「DV被害の訴え」

2、「DV被害の訴え」

3、「DV被害の訴え」

4、「DV被害の訴え」

5、「DV被害の訴え」

6、「DV被害の訴え」

7、「DV被害の訴え」


よろしくお願いします。


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『トラン探偵事務所』




これまでの経過を文章にする事は、当時の事を思い出し、涙が溢れる事や、苦しくなってしまったり、フラッシュバック等、精神的に辛くなる事が多くあります。

しかし、これらの苦しみは、私自身が蒔いた物で、T也を信じ、関わってしまった自分に責任がある事は分かっています。

現在、私とT也は離婚裁判の係争中ですが、保護命令が取り消された事、刑事告訴が証拠不十分で不起訴になった事で、T也と、その代理人の弁護士は、勢いを増し、T也の方こそが被害者だと言い、事実を捻じ曲げ、信じられないような嘘を付き、話を作り上げ、精神的苦痛を受けたとして、私に慰謝料を請求してきました。


初めは、この代理人もT也の嘘を信じ、騙されているのかと思いましたが、代理人が作成したT也側の陳述書は、つじつまが合わない事や、話が2転、3転しています。


離婚調停の段階では性的暴行を認め謝罪し解決金を支払うと言っていましたが、保護命令が取り消されると、一転し、DVや性的暴行など無かった。と言い、初めに出された反訴状には、「結婚生活は毎日、私に怯え生活をしていて、一言一言、言葉を選びながら話しをし、本心を何も言えなかった。」と主張をし、私が原因で「うつ病」になったと言う事が記載された診断書を提出してきましたが、最近T也側が提出した陳述書には「些細な口げんかはありましたが夫婦関係は円満で、何も問題はありませんでした」と書いてあるなど、一貫性が無く、とてもいい加減です。

これまで私は、裁判は事実と証拠を元に行われると思っていましたが、DVの保護命令も、地裁で認められたものが、高裁では、T也側から新たな証拠は何も提出されず、陳述書の冒頭に「地裁の判決は相手方の大げさな主張を鵜呑みにしたもので、事実誤認の違法があり、その取り消しは免れない」と付け加えられていましたが、その他は地裁に出されたものと全く同じ物が提出されて居ましたが、保護命令は取り消されてしまいました。

今回、離婚裁判でも、T也は矛盾だらけの陳述書や、嘘ばかり付いていますが、DVの保護命令の取り消しのように、大きな力が動き、信じられない様な事が起きるのではないかと言う不安と心配があります。

T也は別居後、様々な場所で多くの友人に、得意の同情を買う様な嘘を言い、被害者を装い、「私から精神的苦痛を受けて来た。毎日私に怯えて生活していた。私が浮気をした。」 などと言い、周りから同情され、守られ、婚活の合コンに出たり、複数の女性とハデに遊び歩いています。

現在もT也とその家族と、更にT也の友人達も加わり、嫌がらせ電話や、誹謗中傷をされたり、偶然会った時、暴言を吐かれるなど心無い嫌がらせを受けていますが、私には守らなければいけない大切な2人の小さな子供がいるので、どんなに辛くても前に進まなくてはいけません。

T也と同居を始めてから、考えてもみなかった地獄の様な生活と、T也の家族からの陰湿な嫌がらせを受け続けて来ました。

本来ならT也の家族からの陰湿な嫌がらせと、それに同調するT也の言動は離婚原因として充分に成立し、慰謝料請求が出来ますが、その嫌がらせがあまりにも多い事と、もっと重要な事が多く有る為、T也の家族の事は取り上げていません。

T也の様な異常な性格が形成された家庭、家族がどの様な物なのか知って欲しいので、T也から受けたDVや性的暴行だけでは無く、T也の家族についても事実を書きたいと思います。



T也の新しいアパートに向かう車の中、T也は好きなロックの音楽を掛け一緒に転勤した友達2人と会話が弾んで居ましたが、私は家族を裏切ってしまった事への罪悪感と、これから始まるT也との生活に大きな責任を感じると共に、どんな事があっても絶対に愚痴や泣きごとを言ってはいけないし、言わないと。心に堅く決め、悲壮な思いでいました。

友人2人はT也のアパートから数分離れたアパートに住んでいたので、そこで2人を降ろし、私達はT也のアパートに行きました。

玄間に入ると、T也が直ぐ鍵を掛け、強引にキスをして来たので、私は両手でT也の体を押して離れようとすると、その場でTシャツを無理矢理脱がされそうになり、必死で抵抗すると、今度は腕をつかまれ、靴を履いたままリビングまで引きずられて行きました。

リビングに敷きっぱなしになっていた布団の上に乱暴に押し倒され、私のお腹の上に座り、Tシャツを無理矢理脱がそうとしてので、必死で抵抗すると、Tシャツの首元を思いっきり引っ張り、体を起こされ、T也は顔を近付け、片手で私の両頬を強く押さえ付け「騒ぐな。静かにしろ」と、低く太い声で脅して来ました。

T也は私の体を強く押し、仰向けにされたので私が「止めて」と何度も言うと片手で私の口を塞ぎながら、下着を無理矢理下げ、強引に性的暴行を加えて来ました。

あまりにも乱暴で屈辱的な行為に私はずっと目を瞑って、ただ終わるのを待ちました。

T也は自分の欲求を持たすと私から離れましたが、私はこの時が初めで、出血で布団が汚れているのを見ると「汚ねー」「お母が買った布団、何でよごした?」「早く拭け」と怒り出したので、私は急いで下着を履き、近くにあったテイシュペーパーで汚れた場所を拭きましたが、テイシュペーパーがぼろぼろになるだけで綺麗になりませんでした。

私はT也に雑巾を貸して欲しいと頼むと「そんなの無いから自分の服で拭け」と言われ、T也に引っ張られてヨレヨレになったTシャツを脱いで布団を拭きましたが、何度拭いてもシミが取れず、元の様にならないと、「弁償しろよ」と責められ、T也は私が出血した事を「バンドの皆に教えてやる」「ホムペに書いて広めてやる」と言っていました

何度もTシャツを洗い拭いているとT也はイライラして「もういい」と言い、床に横になったので、私はお風呂場で汚された体を洗い、T也が寝ている部屋とは別の和室の隅に座り、初めて見たT也の鋭い目つきや、感情をむき出しにした姿を思い出し、恐怖を感じると共に、惨めな自分の姿と、家族の事で胸が一杯になり、涙が止まりませんでした。

しばらくするとT也が私の所に来て、「もう一回やらせろ」と言い、腕を引っ張られ、抵抗してもズルズルとリビングまで引きずられ、強引に性交渉を受けました。

私はT也から乱暴をされた後、怒りが収まらず、怒鳴られても良いと思い、泣きながらT也の事を責めました。

T也は「俺はずっと我慢させられて来たんだ。こっちの身にもなってみろ」と開き直っていましたが、私が出て行こうとするとT也は慌てて私を引き止め「自分が悪かった」「我慢できなかった」と謝って来ました。

それでも私が出て行こうとするとT也は玄間のドアの前に立ちはだかり、泣きだし「A子の嫌がる事は絶対にしない。」「一人にしないでくれ」と言い必死に私を引き止めて来ました。

リビングに連れ戻され、T也と話し合いをしましたが、T也は土下座をして泣いて謝るばかりで、さっきまでの荒々しいT也とは別人のようでした。

実際に出て行くと言っても家に帰る事も出来ないので、行くところも無く、私はT也のアパートにいるしかありませんでした。

T也と生活を初めると、頻繁に地元から一緒に転勤して来たH男がアパートに遊びに来るように成りました。

T也とH男の会話を聞いたり、T也がポロポロと漏らす言葉に、転勤してからの孤独で淋しい生活や、T也の言う鬱状態は嘘ではないかと言う疑念を持つようになり、ストレートに聞いても都合のいい嘘をつかれるだけなので、遠まわしにT也に聞いてみました。

T也が両親と一緒に行ったと言う病院の名前を聞いてみると「よく覚えていない」

何科を受診したのか聞くと「お母が受付をしたから分からない」

どんな薬を飲んでいたのか聞くと「いろいろ」

診察券を見せてくれる様に話すと「お母が持って行ったから、無い」

貰った薬はどこにあるのか聞くと「全部捨てた」と具体的な事は何も答えられませんでした。


その他にも、食欲が無い、寝れない、いつも一人だと言っていた事も、実際は仕事が終わると、H男と食事やパチンコ等に出かけ、夜遅くまで遊び歩き、昼食も注文しているお弁当を会社の食堂で皆と食べていた事、具合が悪くて寝ていたと言って、私からの電話に出なかったのも、遊んでいて電話に出なかっただけで、つじつま合わせに遊びから帰った後に、電話をよこしていた事や、具合が悪いから仕事を休んだと言い電話をして来ていたのも勤務時間にトイレに行ったり、隠れて電話をして来た事や、体調不良で仕事を休んでいた事も嘘で、実際は転勤してから1度も仕事を休んだ事は無く、会社の上司がT也の実家に電話をした事も全て嘘でした。

そして2度の自殺未遂で送られて来た2通の遺書もH男と遊んでいる最中に送って来ていた事を知りました。

T也の嘘を知り、どうしてこんなに酷い事が出来るのか、私がどんなに苦しい思いでここに来たか、T也がどんなに卑怯な事をしたか泣きながら訴えました。

しかし、T也は「はいはい」とバカにした返事をするだけで、何も感じていませんでした。

私はT也のあまりにも無責任な態度に怒りが収まらず「自分の言葉に責任を持って!」「私の目の前で死んで!」とT也を怒鳴りました。

T也は私が怒鳴った事を「A子がこんなに性格が悪いのを知っていたら呼ばなかった。騙された。」と怒っていました。

T也と生活をする様になり、これまで知らなかったT也の以外な一面を知る様になりました。

これまでのT也は大人しくて、静かで、周りからも良い人と思われて居ましたが、それは表面だけで、実際は自己中心で、優しさも、思いやりも、気使いも出来ない、攻撃的な人でした。

2人の間で問題があるとT也は必ず「A子が悪いからこうなるんだ」と言い私の責任にしていました。


例えば・・・

私は、T也と一緒に生活を始めても体調が悪く、寝込む事が多くありました。

アパートからスーパーまで距離があったので、体調の悪い時は出歩く事が出来ず、T也が帰って来てから食材を買いに車で連れて行ってもらおうと思っていても、T也が帰って来た時にテーブルに食事が並んでいないと機嫌が悪くなってしまい、T也が1人で食事に出かけてしまったり、自分の気に入ったおかずが無い時も「こんなの食えない」と言い1人で食事に行ってしまう事がありました。

こんな時、T也は「A子の作ったご飯を楽しみにしていたのに、A子が作って無かったから、外でご飯を食べる事になってしまった。A子のせいなんだからね」と言い、

また、反対に自分の好きなおかずの時は、他のものには一切手を付けず、好きな物を全部1人で食べてしまい、直ぐ同じものを作るように言われますが、食材が無く、作れないと言うと、子供が駄々をこねる様に「もっと食べたい」と良い張り、それでも私が出来ないと言うと、機嫌が悪くなり「今すぐ買って来て同じ物を作れ」と怒られるので、食事を中断して買い物に行き、T也の言う通りにするしかありませんでした。

T也は「俺は小さい時から冷凍食品しか食べてなかったからA子の作るご飯が好きなのに、A子が初めから多く作っていないのが悪いんだよ。」と言っていました。

T也は家事を一切手伝う事もありませんし、給料も自分の好きな事に使い、私が家事をする事が当たり前になっていて、2人で一緒に何かをするのでは無く、自分の都合の良い様に私を動かし、コントロールするのがとても上手でした。

初めの頃、T也は感情的になり、直接私を殴る蹴ると言うような暴力はありませんでしたが、自分の気に入らない事があると、直ぐ怒り、口を利かなくなったり、鋭い目つきで睨みつけるので、その顔がとても怖くて、今でも、T也のあの目つきを思い出すだけで、気分が悪くなってしまう事があります。

私はT也の自己中心的な性格が嫌で、変わってくれる様に何度も話しをしましたが、T也は直ぐ機嫌が悪くなるので、次第に「自分が我慢すればいい」「私が変われば丸く収まる」と思う様に気持ちが変わって行きました。

T也の自己中心的な性格は日常生活や金銭面だけでは無く、性的な事でも、私の気持ち等全く関係ありませんでした。

T也にとって性交渉は愛情の上にあるものでは無く、自分の性欲を満たす為の行為で、自分が満足する為なら、私が泣いたり、嫌がったりする事等全く関係がありませんでした。

私の初めての性交渉はT也から暴力的に強引だったので、その後の性交渉はとても苦痛でした。


恥ずかしい話ですが、私は女性が初めて性交渉をもつ時、出血する事を知らなかったので、T也から言われた「汚ねー」という言葉がトラウマになっていて、自分は他の女性と違っていて、私の体に何か問題があると思っていました。

T也が性交渉を求めて来ても、それを拒否すると、必ず、私が出血した事を「ばらして良いのね」「皆に言うよ」と言われ、誰にも知られたく無かった事と、初めての時の様に豹変して暴力的に、強引に暴行を受ける事が怖くて、仕方無くT也の言う事を聞くしかありませんでした。
気持ちの付いて行かない性交渉は苦痛で早く終わって欲しいとそればかり考えていました。

T也は部屋でヘッドホンから漏れる程、激しいロックの音楽をボリュームをいっぱいにして聞きながら、頭や体を激しく揺らしリズムを取りながら聴いている時、急に「やりてー」と喚き、私の所に来て「やらせろ」といい、無理矢理体を押さえ付け強引に乱暴を受ける事が何度もありました。

T也は私がいつも拒んだり、泣いたりする事を「A子は性的におかしい」と言い、性交渉の間もT也は「もっと声を出せ」「一緒に腰を動かせ」と言い、私がT也の言う事を聞かない事に「死体を抱いているみたいで気持ち悪い」と言っていました。

私は他の人の性的な事を聞いた事が無かった事や、T也しか男性を知りませんでしたが、T也の性欲や、支配的な性交渉は異常だと思っていたので、その事をT也に話し、止めて欲しいと話すと「男はみんな同じで、自分は異常では無い」「皆もっと凄い事をやっている。」「セックスを嫌がるA子の方が異常だ」と言われました。

私は性交渉は最も神聖な愛情表現で、性交渉をもつ事でお互いの愛情が深まると思っていたので、T也の様な性欲を満たすだけの性交渉は私には理解できませんし本当に苦痛でしかありませんでした。


一緒に住んで1ヶ月位経った頃、T也が引っ越しをした時にT也の母親が買ったテフロンコーティングのフライパンが焦げ付くようになったので、新しい物を買うと、T也は「何で勝手に買った」「あのフライパンはお母が買ったのにお母に聞かないうちに勝手な事をするな」と怒りだしたので、焦げついて使えない事を話すと、「勝手な事をするな」と言い、聞きませんでした。

その翌日、仕事から帰って来たT也は「フライパンの事だけど、雑に使っているからダメになった。A子の使い方が悪いってお母が怒っていた」と言うので、私は驚いて「フライパンの事まで実家に話しているの?」と聞くと、「たまたま用事があって電話した時に話した」と言っていました。

私は些細な事を母親に話しているT也に腹が立ったのと、初めての性交渉の事を、口癖のように「ばらしてやる」「皆なに広めてやる」と言っていた事もずっと気になっていたので、T也がお風呂に入っている時、T也の携帯電話を見ました。

電話の発信、着信履歴を見て驚いてしまいました。

それは、T也が勤務時間内に母親と1日に何十回と電話のやり取りをして、発信、着信の履歴共、母親で一杯になっていました。

これまで母親を「雌豚」と呼び、嫌い、殆ど口を聞かないと言い、一緒に住むようになってからも、私の作った料理を見て、母親が如何に料理が出来ないか、家庭的でないか等を話し、あんな家にいたら栄養失調で死んでしまうと言い、家を出る事が出来てよかった。と言っていたのに、発信、着信の履歴が殆ど母親で埋まる程、連絡を取り合っている事が信じられませんでした。

それからもT也は「お母が、いつになったら働くんだと言っている」「お母が、俺に負担掛けるなってA子に言っておけって言っていた」

T也の家は農家で米はT也の家から送られて来たものを食べていましたが「お母がA子が食べる米は自分で買って食えって言っていた」と言ったり、それまでお代わりをし、しっかり食べていた夕食も、急に、食事の量を半分に減らし、「腹減った」と言うので、ご飯を食べるように言うと「お母に飯をいっぱい食べるのは病気の前兆だから、食べる量を半分に減らせ。と言われたから食べない」と言うので、私は「力仕事をしていて、お腹がすくのは当然だし、食欲があるのは健康な証拠だからいっぱい食べたら」と言うと、「お母の言う事が嘘だって言うのか?」「お母の事、バカにするな」と怒ったので、「お母さんの事、嫌いだって言って無かった?親だとも思っていないから話しをしないって言ってたよね! それなのにどうしていつも「お母。お母。」っていうの?」と聞くと、「転勤してから、あっちから色々話して来る様になった。無視できないから仕方なく話しているだけだ」と言うので、「いつ話しているの」と聞くと、「たまに電話が来るから、その時少し話すくらいだ」と言っていましたが、1日に何十回もお互いに電話をしている事を知っていたので、また、T也が嘘を付いている事が分かりました。

T也と2人で生活をしていても、T也の話しを聞き、私はその母親からのプレッシャーをいつも感じていました。

こんな事がありました。

大雨の日、T也の車で洗濯物をコインランドリーに乾燥機をかけに行った時、私は物損事故を起こしてしまいました。

修理をするのに保険の事などで、T也が父親と電話で話していた時、母親が私に話があると言わたので代わり、事故の事を謝ると、「何でT也の車に乗ったの?誰が良いって言ったの?勝手な事しないで!」更に「A子ちゃんがT也の所に行ったらT也が風俗に行かなくて済むと思っていたのに、事故なんて起こして、かえってお金が掛かってしまった。」と言われ、私は風俗の変わりとして見られていた事に言葉を失い、体が冷たくなっていくような感覚になりました。

電話を切った後、私が泣きだしたのでT也は何を言われたか聞いて来ましたが、T也の母親から言われた事を話しても、T也は「気にしなくて良いから」と感情の無い様な話し方をするだけでした。

私にとってT也の母親はとても非常識で意地悪で怖い人でしたが、T也が付き合っていた頃から私に話していた母親への悪口や憎悪とは別に、母親の言う通りに動くT也を見て、正直、何が本当のT也の気持ちなの良く分からなくなっていきました。

T也から「早く仕事を見つけろ」と母親と同じ事を何度も言われていた事や、食費と水道光熱費を私が払っていたので、持っていった貯金も減ってきたので、仕事を探していましたが、T也から仕事についていくつもの条件を出されていた事や、小さな町で場所も限定されていたので中々見つけられませんでした。

T也が出していた条件は、1日5時間以上は働かない。歩いて通える所。制服がスカートで無い事。飲食店はダメ。男性と話しをしない所。いつでも直ぐ電話に出れる所。店長が男性で無いところ。等、全く意味の無いような事ばかりでした。

私は車を持っていなかったので、歩いて通える所で、時給の高いスーパーの面接を受け、採用されましたが、そこは男性客も多く来るのでダメだと言われ、私と揉めると、T也は勝手にそのお店に断りの電話を入れてしまいました。

T也は仕事に行っていても、私がどこで何をしているのか把握していないと、気が済まなく、T也からの電話に出ないと、後から「あの時、何をしていた。」「どこに居た。」「何で電話に出なかった」と、しつこく聞いて来ましたが、そうする事は、私の事が好きだから、私の行動を全て知っていたい。と言っていました。

当時は「窮屈だな」と思いながらも、T也の言う言葉を信じていましたが、どんどんエスカレートしていくT也の束縛がとても負担になっていきました。

これまで、私と、家族は、何故T也は当たり前の事が出来ないのか?自分に同情をかうような嘘を平気で言うのか?子供に愛情を持てないのか?など、沢山の「何故?」がありましたが、以前のコメントの中に「サイコパスでは?」と言う事が書いてあったので、サイコパスに着いて知識が無かったので、ネットで検索してみると、まるでT也自身の事をコピーしたかのように、書いてある事が怖い程、全てが当てはまっていました。(www.psy-nd.info


その中に書いてあった「サイコパス」の特徴で


・サイコパスに執着はあっても、愛着や愛情は無ない。
・サイコパスは人を「物」としか見ない。
・サイコパスは自分自身を「可哀想な人」に見せる為に嘘をつく。
・サイコパスが他人を利用する為によく使う手段の一つとして「可哀想な人の振りをする。」
・サイコパスは嘘がばれそうになった時、自分の悪事が明らかになってその責任が追及された時などに、ひたすら空涙を流してその場を切り抜けようとする。
・サイコパスは単に愛情や良心を持たないというだけでなく、あらゆる面に置いて愛情が気薄で表面的である。


と言う事が書いてある事を見て、これまで理解できなかったT也の言動がハッキリと分わかりました。


当時を振り返る時、T也には初めから愛情など無く、私を性的な道具として利用する為に様々な方法でだまして来た事が分かりました。

今に成って後悔しても遅いですが、当時私はDVに付いて知識が無かったので、自分がDV被害を受けているとは思っていませんでした。


なので「私が我慢すればいい」「子供の為に耐えるしかない」「家族には絶対に知れてはいけない」と言う思いでいましたが、私がどんなに我慢しても、許しても、T也は変わるどころか、その異常性はエスカレートしていくばかりでした。


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