こんばんは。

A子さんや、A子さんのご家族の印象は、言葉が悪いかもしれませんが、「バカ正直」で「他人の事を思いやり過ぎる。」です。

今回の本文の中に、T也が、実の母親の事を「雌豚」とか、祖母の事を「糞婆」と言っている事に対しても、この事をT也の母親や、祖母が知ったら、辛い思いをすると言い、中々正直に書く事も出来ませんでした。

A子さんが、ここまで不利になってしまった要因の一つは、ここまでの事をされても相手の事を思いやる感情を無くす事が出来ないだけなく、バカ正直に素直に、T也の立場を考えながら、警察や検察や、裁判官に話をしているの事も、不利になった原因の一つだと考えています。

もちろん、様々な所で信じられない対応や、判断をされた事も凄く大きいですが・・・

逆にT也は、自分の事を守りたい一身で、嘘を突き通し、自分のした事を隠す為に、A子さんを悪者にして、警察や検察や裁判官に訴えていたので、その差が出たのも大きいと思っています。

「正直者はバカを見る。」の言葉を思い出してしまいました。

本文を書くに当たって、僕はA子さんの「他人を思いやる」心は封印して、正直に事実のみを書くように伝えました。

A子さんは、それでもかなり悩んで苦悩して、この本文を正直に書いています。

また、コメントにありましたが、小説のように書いて頂いている事は、この事を世間に広く認知して頂きたいとの思いと、新聞、テレビ、ネットなどで取り上げられ、問題定義をして頂ければとの思いと、あまりにも複雑で、色々な事がありすぎて、僕が時系列で説明するのも膨大な資料を確認し、膨大な解説を僕なりにまとめて記載しても、分かりにくいと判断ししたのと、僕も時間に制約があるのですべてを記載し掲載する、物理的な時間が取れないのもあり、今回の事件に対しての経緯を分かりやすく知って頂くには、A子さん本人に書いて頂くのが一番と考え、A子さんも書きたいとの意見が一致し、掲載する事になりました。

またT也は、どれぐらい前からA子さんに嘘を言い続け、騙し続け、それをA子さんはバカ正直に信じてしまっていたかの経緯も必要だと判断しました。

A子さん本人がブログに掲載する事は、A子さんが自己満足をして納得する為ではなく、逆に事実を赤裸々に書く事で、誹謗中傷を受けたり、本人特定されるリスクがあっても、この事実を少しでも多くの人達の知って頂き、このような不条理がまかり通っている現状と、その現状を少しでも打破し、有利にしていきたいとの思いから、掲載をしています。

A子さんの本心は書きたくないと思います。

でも、書く事でこの事件が進展するのならとの思いで、辛い事を思い出し体調を悪くしながらも頑張って書いて頂いています。

A子さんはPTSD(外傷後ストレス障害)と診断されています。

そのA子さんが、過去を思い出しながら書く事がどれだけのストレスになってしまうか、計り知れません。

どれだけ酷い人生をA子さんは経験してしまったのかを、少しでも多くの人に知って頂きたいとの思いから、これからもA子さんの体調もありますが、掲載を続けて行きたいと考えています。


※メディア関係の方で、この内容が気になりましたら、ご家族をご紹介します。(ご家族の許可を得てからになります。)

『メールはこちらから』




※この件に対する誹謗中傷は、申し訳ないですが遠慮なく削除します。

 また、コメントを一時預かりにし、確認後公開する事もあります。


1、「DV被害の訴え」

2、「DV被害の訴え」

3、「DV被害の訴え」

4、「DV被害の訴え」

5、「DV被害の訴え」

6、「DV被害の訴え」

7、「DV被害の訴え」


よろしくお願いします。


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『トラン探偵事務所』

皆さんのコメントを読み、考える事がたくさんありました。

ありがとうございます。

これまでの警察と司法との経緯を他県の刑事をされていたOBの方に相談した時、「気持ち悪いなぁ。大きな力が動いている。」と言われました。

その大きな力が何かは分かりませんが、目に見えないだけに正直、恐怖を感じています。

私が受けて来たDV被害は簡単に書けない程、異常なものでした。

DV加害者の暴行・暴力を振るう様な凶暴性や異常性を初めから分かれば誰も近付きません。

DV加害者は一見、大人しく、優しく見え、DV等とは無縁のように感じさせる程良い人が多いです。そして嘘とごまかしがとても上手です。


私の場合もそうでしたが、T也は周りから、優しくて、良い人と思われていて、T也の事を悪く言う人はいません。
しかし裏の顔は別人で、恐ろしい程冷たくて、人を傷つけても何とも思わず、とても巧妙に嘘を付きます。

私が無知で軽率だった事が問題を大きくしてしまった事は自分でもよく知っています。その事を心から後悔し反省しています。

コメントで、DV被害を訴えるのにこの様な小説は必要ですかと言う意見が有りましたが、DVは突然始まる訳ではありませんでした。
表には出さないDV加害者の隠れた異常性や、特徴を少しでも知って貰えたらと思い、直接のDV被害だけでは無く、T也のとの出会いから書く事にしました。

文章を読んでいて気分を悪くされる事もあるかも知れませんが、T也が話していたそのままを書いています。

また、高校2年の時から付き合っていてT也の性的異常さを知らなかったのかと思われるかも知れませんが、私の家族はクリスチャンの為、小さい頃から両親に結婚前の性的関係を厳しく教えられていたので、私はその事をT也にも話し、学校を卒業するまで性的関係を持つ事はありませんでした。


T也と付き合って数ヶ月すると、当時私がしていたホームページに嫌がらせの書き込みをされる様になりました。

初めは1人だったのが2人、3人・・・と増え内容も過激に成り、それと同時に非通知からの電話が何度も来る様になりました。

電話も短いコールでは無く、電話に出るまでコールが続き、出るとずっと無言でした。電話は夜中もあり、多い日は1日に50回を超える事もありました。


ホームページの嫌がらせの書き込みや、非通知からの無言電話の事をT也に相談すると「誰かに恨まれているんじゃないの?」と言っていましたが私には思い当たる事がありませんでした。

非通知からの無言電話は夜中もあり、毎日続いていたので、両親に相談し、様子を見て警察に相談に行く事していました。

学校の帰りにT也と近くのラーメン屋に行く途中、道路の反対側を歩いていた近くのB高校の女子4、5人のグループの人が私達に向かって大声で「キモ」「ブス」「死ね」と騒いでいました。

私は状況が良く飲み込めず、T也に「何あれ?」「誰に言ってるの?」と話しかけましたが、T也は下を向いたまま無言で歩いていました。

お店に着いてからも私はとても気になり、T也に聞いてみましたが

「バカはどこにでも居るから相手にするな」

「気分が悪くなるからその話しは止めて」と言い機嫌が悪くなったのでそれ以上は話せませんでした。

数日後、私が駅で電車を待っていると、B高校の女子が直ぐ後ろでコソコソ話している声が聞こえました。「マジあり得ないよね」「ムカツク」「B子の方絶対可愛いのに・・」「すごい神経してるよね」・・・

私が後ろを向くと話しを止めたので、私の事を言っているのだと思いました。この時B子と言う名前を初めてききました。

この他にも、B高校の違う女子から、すれ違いざまに「キモ」と言われる事があったので、私は、B高校に通う友達にこれまでの事情を話し、B子について調べてくれる様に頼みました。

勿論、T也にもB子と言う名前を話したり、嫌がらせが続いている事も話していましたが、「おかしい奴らとは関わるな、完全に無視しろ」と言い、「気にするお前の方がおかしい」と言われました。


何日か後、B高校の友達から連絡がきました。
B子は学年が1つ下で運動部に所属していること。私に嫌がらせをしているのはB子とその部活の友達だったと聞きました。
そしてT也とB子が付き合っている事、私がB子からT也を盗ったと噂になっている事を聞きました。

私は訳がわからず、気持ち悪く思い、T也に直ぐ確認する事ができませんでした。

T也からメールや電話が何度も来ていましたが、連絡をしませんでした。

放課後、T也が私の教室に来て強引に廊下に連れ出され、私が連絡を取らない事でとても怒られました。


私は、T也にB子の事を聞きました。


T也「誰?それ。B子なんて知らない!」

私 「本当に知らないの?」

T也「名前も聞いた事も無いし、会った事も、話した事も無い!」

私 「B子と付き合っているの?」

T也「はぁ?何意味分かんない事言ってるんだ?誰がそんなバカな事言っている?」

私 「B高校の友達が教えてくれた・・」

T也「もしかして、それ信じているの?」

私 「・・・・・」


T也「俺よりB高校の奴の事信じるの?」と言い、
T也は私が疑った事を怒り、


「自分の彼氏を信じられないのか?」

「俺より友達を信じるなら付き合っている意味が無い。」

「俺はA子を信じて家族の恥も話しているのに裏切られた。」等怒っていました。


私は、「何も関係が無いならどうしてB高校の人から酷い事を言われたり、無言電話が来るの?」と聞くと、T也は以前に友達を通してB高校の人から告白された事があり、知らない人なので断った事があるので、その事を根に持った人が私に嫌がらせをしているのだろうと言っていました。


それと、T也と私を別れさせようとして嘘の噂をながしている奴がいると怒っていました。

この時、私は初めて、感情的になったT也を見たので、もしかしたら友達から聞いた事は間違っているのかも知れないと思いました。


私が反論するのを止めると、T也は静かな口調になり、


「ずっと一人だった自分が、A子の事を信じて何でも話して来たのに…それなのに疑われて傷ついた。」

「これ以上哀しい思いをさせないで欲しい。」

「自分はどんな事があってもA子と別れる気はないし、他の人と付き合う気など無い。自分の事を信じて欲しい。」

と言っていました。


わたしは、沈んだT也を見て傷付けてしまった事に責任を感じ、疑った事を謝ると、今後一切B高校の友達と連絡を取らない様に言われ、T也の前でB高校の友達の携帯のアドレスを消すように言われ、その通りにしました。

そして、誰が何を言っても、それは別れさせようとする嫌がらせだから、「俺の事だけ信じて」と言っていました。

この事があってから私達は学校の近くを一緒に歩く事を控えB高校の人達を避けるようにしました。

休みの日、T也の家に遊びに行く事になりました。

前日、T也から連絡があり、制服で来てくれと言われ、訳を聞くとT也は私服が無いので、自分も制服でいると言っていました。

T也の妹が高校の入試を控えていたので、手造りのお守りと祖母に和菓子をお土産に持ていきました。

T也の家に行くと祖母が玄間で出迎えてくれ、茶の間に通されると妹がこたつに横になりながらテレビを見ていました。

私は妹に挨拶をしましたが、全く反応が無かったので、聞こえなかったかと思い、もう一度声を掛けると小さい声でしたがハッキリと「うざい」と言い、こたつを出て別の部屋に行ってしまいました。

私の驚いた様子を見て、祖母は「挨拶もしないでなんだべなぁ」と言っていましたが、T也は関わりたくない様に無表情で何も話しませんでした。

祖母は話し好きで、私にいろいろな事を話してくれました。


土いじりが好きで畑で色々な野菜を作っている事や、御主人が生きていた頃はお米も作っていた事、
家畜を飼っていて祖父と一緒に世話をしていた時の事を楽しそうに話していましたが、一生懸命に作った野菜も形が悪いと言ってT也の母親が捨てる事や、誰も食べない事、ジャガイモを作っても畑から家まで運ぶのに重いので、T也の父に頼んでも、母親の顔色を気にして手伝って貰えない。


T也の母親は1度も畑に来た事が無いと不満を話し出しました。


そして祖父が死んでから家の中が狂いだした。と言い、祖父が亡くなった後、まとまったお金が入り、T也の母がお金を使う事ばかり考え遊び歩いている事や、食事も作らない事、クレジットカードを何枚も持っていて買い物ばかりするので毎月何社からも請求書が来る事。

掃除もしないからどの部屋も汚れていて、恥ずかしくて友達も呼べないと言っていました。

また、妹も事もお母さんが甘やかしてばかりいるから挨拶一つ出来ない人間になった。
自分が注意するとお母さんに「婆ちゃんは黙ってて!」と怒られるから何も言えない。妹に友達も出来ないのはお母さんのせいなんだ・・・と

私はT也から祖母と母親の関係が悪い事や、同じような事を聞いていたので、特に驚く事も無く大変だなあと思い聞いて居ましたが、T也は祖母を注意する事も無く、黙って聞いていたので、自分の母親が悪く言われて嫌じゃないのかな?思いました。

茶の間で時間を過ごした後、2階のT也の部屋に行きました。


2階には2部屋あり、T也の部屋の隣が両親の部屋で、ドアが開いていて中が見えました。

布団が敷いたままで、その横に小さなテーブルが置いてあり、お菓子の袋やペットボトル、汚れた茶碗などが乱雑に置いてあり、その中に、帯の付いた100万円の束が2つ無造作に置いてありました。

部屋の中は食べカスや脱いだままの洋服、沢山の小銭が散らばっていてとても汚れていました。

T也の部屋は折りたたみのベットとハンガーラックが有るだけで、ガラーンとしていました。


T也はお小遣いを貯めて買ったと言うエレキギーターを見せてくれたり、ピックを見せてくれ、家に居る時はいつも部屋でギターを弾いている事や、ギターを弾いている時は嫌な事を全部忘れられると言っていました。


T也は家族の事を話し出し、家の中が汚れている事を気にしている様子で


「家の中、臭くない?猫がどこでもおしっこするから臭くなる」

「親の部屋なんかおしっこ臭くて頭痛くなる。」と言い、母親が掃除をしない事を怒りながら「家を豚小屋」と言い母親の事を「雌豚」と言っていました。


そして祖母の事も

「婆ちゃん、なんだかんだ言っているけど、誰も相手にしないから、A子も無視しな」
「婆ちゃん、臭くて、汚ないからマジ糞婆だ」
と言ったり

今まで、あまり口にしない父親の事も話し出し

「今、お父は仕事をしているけど、いつ辞めるか分からない。」
「どんな仕事に付いても長続きしないで直ぐ辞めてしまう。」
「家でゴロゴロしていて何を考えているか分からない。」
「お父が働かないから、お母が強くなって頭が上がらないんだ。」
「あんな奴、親だと思っていない。」
と話していました。

T也の話しを聞いて私は考えていた以上にT也とその家族が上手く言っていない事、T也が家族を嫌っている事が分かりました。

夕方、急にT也がソワソワしだし時間を気にする様になり、

急に「ヤバイ!お母が帰って来る。今日はもう帰って」と言われたので、持ってきていた手造りのお守りを妹に渡してもらう様に頼むと、「あいつ、俺と口利かないから無理」と言われましたが、T也に渡し急いで家を出ました。


私はT也の母親と会った事が有りませんでしたが、T也や祖母の話しを聞いて酷い人なのかな?と思いました。

その後、T也とは学校でも会って居ましたが、お守りを渡して貰ったか聞いても「分かんない」と意味の分からない返事をしていました。

放課後、T也がバンドの練習に行くのに寒いので私が制服の中に着ていたイーストボーイのカーディガンを貸して欲しいと頼まれ渡しました。

このカーディガンは父からクリスマスプレゼントに貰った物で大切にしていたのでT也には「直ぐ返してね」と伝えました。


しかし1週間経っても、2週間経っても返してくれないので、T也に「本当に大事なカ―ディガンだから返して欲しい」と言うと「分かってる」と言いながら、なかなか返してもらえませんでした。

T也の家に妹の高校の合格のプレゼントを渡しに行くと、T也の妹が、私がT也に貸したものと同じカーディガンを着ていたのでT也に聞くと「たまたま同じなんじゃないの?」と言うので、「じゃあ私の返して」と言うと「お母に聞かないと、どこにあるか分からない」と言い、返してもらえませんでした。


その後もずっとカーディガンは返して貰えませんでした。

結婚して2年後、私の手元にカーディガンが戻って来た時にはボロボロで着れない状態になっていました。

新学期が始まった頃、T也から父親がまた、仕事を辞めた事を聞きました。

2年の初めに(T也と付き合う前)学校で就職と進学の選択教科を決め提出していました。

私と両親は入学当時から進学する事を決めていたので進学の選択教科を選びました。

3年になって授業が始まってからT也が就職コースを選んでいた事を知りました。


T也も私が進学コースを選択している事を知ると、「卒業してバラバラになったらどうなるか分かってるの?」「別れたいの?」「俺は今だけのキープなの!」と言い、私に進学をしない様に何度も何度も言ってきました。

私は「遠距離でも大丈夫」と言いましたが、それでも私が進学する事に反対していました。

T也は口癖のように「早くあんな家出たい。」「卒業したら直ぐ家を出る」と言っていたので、大学のそばで仕事を探したらと言うとそんな事は出来ないと言っていました。

進路の事で毎日のように言い合いになり、私はT也と話す事にとても疲れていました。

私が沈んでいる事を分かるとT也は急に優しくなり


「ごめんね。嫌な思いさせて」

「A子の好きにしていいよ」

「俺の事、嫌いになったでしょう」

「A子には自分よりもっと良い人がいるよね」

「自分はA子にとって邪魔な存在だよね」と言い

「離れたら別れるんだから、それなら付き合っている意味が無いから、もう別れよう」と言ってきました。


T也はいつも、どんなん事があっても別れない。別れたら自分は一人ぼっちになってしまう。お願いだから側にいて。と言っていたのでT也から別れると言う言葉が出た事に驚きました。


私が作るお弁当が美味しかった。今までありがとう

私と付き合ってから沢山笑って、孤独だった事を忘れるくらい楽しかった。と泣きながら言われその姿がとても可哀想に見えてしまいました。


私はT也の家庭環境を知っていたので、別れたらT也が淋しい思いをすると思い、どうして良いか分からなくなってしまいました。


いろいろ考え、4年生大学を止め、家から通える短大ならT也にも納得してもらえると思い話すと、「短大に行けばいろんな人と出会いが有り、絶対に別れる事になるから嫌だ」と言われ、私が進学する事事態を反対していました。何度もT也と話しをし、結局、私は進学する事を諦め、就職をする事を決めました。


担任と進路指導の先生に進路変更をするので選択教科の変更を頼みに行くと、もう一度親と話してから来る様に言われました。

T也と私の中では一緒に地元に就職をしてT也は卒業と共に家を出てアパートを借りる。と言う話しになっていました。

夏休み近くになると進路に向けて周りも動き出してきました。

8月 就職者対象の会社説明会があり、T也はこの説明会に行く予定で居ました。


この説明会は現地集合、現地解散で、場所も電車やバスの通らない不便な所で、親の送迎が必要でした。

会社説明会の前日の夜、T也から「明日、行けなくなった」と電話がありました。訳を聞くと、「両親と妹の3人がディズニーランドに行ったみたい。いつ行ったかわからない。だから明日、説明会に行く足が無い」と言っていました。

「夜になっても帰って来ないから、婆ちゃんが親に電話をしたら『ディズニーランドに行ってるから明後日帰って来る』と言っていた。何を考えているんだ」と怒っていました。


「お金も置いていかないし、食べるものも無いし、どうすればいいんだ」と本当に困った様子だったので、電話を切った後、母に話すと、夕食のおかずをパックに詰め、T也の家まで送ってくれました。

私は以前から母にT也の育った環境や家族と関係が悪い事を話していました。

母も私の話しを信じていたのでT也を可愛祖に思い深く同情していました。


T也の家に着くと祖母が申し訳ないと言いながら、T也の両親の事を「自分の息子の大事な時に、遊び歩いてるなんて親として失格だ」

「泊まりがけで出掛けるなら連絡するのが当たり前なのに、黙って出掛けて、何を考えているんだ」と怒りが収まらない様子でした。


母が必要なら明日、説明会場まで送って行く事が出来ると言うと

T也は「大丈夫だ」と言っていました。


夜、遅く、T也から、「友達のお母さんが一緒に乗せて行ってくれる事になった」と連絡があり、T也は就職の説明会に行く事が出来ました。

夏休みも終わり、私は担任から志望校を早く決めるように言われましたが、曖昧な返事をし、引き延ばしをしていました。
それとは対照的にT也は就職先を絞り、フォークリフトの免許を取るなど準備を始めていました。

T也は就職条件など関係なく、就職試験の無い会社ばかりを選び、入れる所に入ると言う感じでした。

私がいつまでも進路も決まらず、グズグズしていたので、担任から何度も注意を受けていました。

父がPTA会長していた事もあり、学校に来る機会が多くあったので、その時、進路指導の先生から父に話しがありました。

家に帰ると両親から話がありました。

両親は私が何故、いつまでも志望校を決めないのか不思議がっていましたが、私は兄弟が多く、兄も大学に通い下の兄弟も学生だったので、私が金銭的な事を心配しているのだと思い、


「お金の事は心配しなくても大丈夫だから大学に行って欲しい」

と言われました。


T也に反対されて進学を辞めたとは言えなかったので、とにかく働いて自立したいと言うのが精一杯でした。

進路が決まらないまま時間が過ぎ、周りの友達は就職先や専門学校や短大等次々と決まり、担任からも親の方に推薦枠のある学校を勧めが有ったり、色々と学校を勧めてくれたり、心配して教頭先生からも連絡が来たりしました。


結局私は周りの勧めを聞かず、就職で押し通しました。

学校に来ていた殆どの求人票も締め切りが過ぎ、私が就職先を見つけたのは学校でも最後の方でした。

T也は早くに就職先が決まり、卒業したらバンドも解散するし、いつまでも遊んでばかりいられないから、卒業まで思う存分やりたいと言い、ライブハウスでのライブも決まり殆ど毎日バンド練習をしていました。


T也はライブに着て行く服が無いと言い、お金が無くて買えないと言っていました。
自分からお金を貸して欲しいとは言って来ませんでしたが、電話やメールで「服が無い、親に行っても無駄だし、どうしよう」と言い、とても困った様子だったので、私が「貸そうか?」と言うと嬉しそうに「いいの?必ず返すから」と言っていました。


食事代も1度も返って来た事が無いので返して貰えるとは思っていませんでした。

私はT也と一緒に洋服を買いに行こうと思っていましたが、T也は

ネットで買うからお金だけ貸してと言うので私は1万円を渡しました。

ライブの当日、私はライブハウスに行きました。正直、大音量の音や激しいリズムの音楽が苦手なので一番後ろにいました。

始まる前、私の前に居た2人の女の子がT也の事を話していたので、注意して聞いてみると、T也とのメールの事や、電話で話した事を楽しそうに話していました。話しの様子からT也とこの2人は仲が良い事が分かりました。


私はT也から絶対に男子とメールする事を禁止され、アドレス帳にも家族以外の男の人のアドレスは入っていませんでした。


T也も私以外の女の人とはメールをしていないと言っていたのに

嘘を付いて居たんだと初めてT也の嘘に気づきました。

ある日、学校でT也がとても不機嫌でいました。


そんな日が何日か続き、T也からの方から「もう我慢できない」

私の父に頼みたい事が有る。と言って来たので話しを聞くと、

皆から怖がられている運動部の顧問の先生が、何かに付けてT也の事を厳しく怒ると言うのでした。

T也が言うには、何もしていなくても急に自分だけ訳のわからない事で怒られる。

皆と同じ事をしていても自分だけ怒られる。

クラスの皆の前で何もしていないのに「T也みたいなバカとは関わらない様にしろ」「○○町のT也と言う奴には気を付けろ」と言われ、自分には怒られる理由が分からないので私の父に相談したいと言う事でした。


本当なら自分の親に話すべきですが、T也は両親と仲が悪く、両親とは必要以外の事は話しをしないし、言っても何も意味が無いと言っていました。


父と話しをする為、初めてT也が私の家にきました。

T也は父の事を学校行事などで何度も見ていましたが、父と話すのは、初めてなので緊張していました。

父はとても温厚な性格で、誰に対しても分け隔てする事無く、いつもより、もっと優しくT也に接し、話しを聞いていました。


父もT也の家庭環境を知っていたので、優しくしているのかなと思いました。


T也の話しを聞いた後、


「○○先生が怒る事に納得で出来ないのであれば、直接、○○先生にどうして怒られるのか分からないのか教えて下さい。と聞いてみなさい。それでも納得がいかないのであれば、担任の先生に事情を話し、相談しなさい。それでもダメな時は、御両親に相談しなさい。

それでもダメな時はもう一度自分に話して」と言ったので、T也は納得がいかない様子でした。

少し早い夕食を皆で取り、T也は帰りました。

T也が帰ってから、私は父に呼ばれ話しをしました。


父は私が今、1番に優先しなければいけない事は何か?と聞いて来ました。

私が答えに困っていると、父から「T也の事を1番に優先し周りが見えなくなっている様に見え心配している」と言われました。


私がそんな事は無いと言っても、「もっと冷静にT也の事を観る様に」と、「T也の言っている事を全部鵜呑みにしない様に」と注意を受けました。


私は父がT也の事を誤解していると思い、T也の事を分かって貰おうといろいろな事を話しましたが、T也の抱えている問題は私の問題では無いので、他にやるべき事が有るのでその事を良く考える様に注意を受けました。

この時私は、父がT也に付いて私の知らない事を知っているなんて分かりませんでした。


 

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