え〜〜

大変ご無沙汰していました。

ごめんなさい。

言い訳はいつものようにバタバタしていたのと、報告書が溜まっていたのとで、それを優先していました。


僕の方は腰を痛めたり、車を傷つけられたり、警察に尋問されたりしながら相変わらず全国を走り回っています。

すごい雪国に行ったり、海沿いに行ったり、山奥に行ったり、都会に行ったりと色々な場所で調査をしています。

結構いろんな経験をしたので書きたいのですが・・・

中々書く時間がないのが現状です。


あ、それと相談者さんから2件ほど聞きましたが、僕に探偵のイロハを教えたって探偵がいるみたいですが、嘘です。

そんな事実はありません。

僕の事を面白おかしく話しているみたいですが、止めて下さいね。

回りまわって、そういう話は本人の耳に入るもんです。

酷いと、こちらも対抗策を考えます。


ちょっとまだバタバタしているので、ある若い女性が書いた内容を掲載します。

個人的には掲載をしたくはなかったのですが・・・

いろいろありまして・・・


僕も素人ですが、素人の方が書いた文章ですので誤字脱字や読みにくい内容もあると思います。

フェイクも多々入っているので、ご了承お願いします。

ある程度書いてある文面は貰っていますが、まだ書きかけ中との事なので、数回に分けて掲載をしていきます。

小さなお子さんがいる人ですので、中々書き上げる事は難しいかも。

それでは、僕の掲載で無くて申し訳ないですが・・・

「私の修羅場。」行きます。


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『トラン探偵事務所』

トランさんに無理にお願いして掲載をさせて頂きます。
拙い文章で読みにくいと思いますが、どうしても私の経験をネットに残しておきたくなりました。
私の考えや行動が間違っていた事は充分理解しています。
読まれて私に腹がたつかもしれませんが、なるべくその時の内容を書こうと思います。
多少のフェイクがありますがよろしくお願いします。



私は17歳で妊娠した。
相手は35歳の会社員だった。
初めての人だった。

今思えばバカだったけど、避妊をしない人だった。
避妊してほしいと言いたくても、嫌われたくなくて言えなかった。
中には出していないから、彼の「妊娠しないから大丈夫」との言葉を大人の人の言う事だから正しいと思うようにしていた。

でも妊娠した。
当事は凄くパニックになった。
どうしていいか分からなかった。
私は自分で言うのは何だけど、頭は悪かったけど、どちらかと言えば真面目な方だった。
眠れなくなった。
食事を取らなければ自然に流産するかもと思ってダイエットもした。

両親に言うのは怖くて出来なかった。
すごく怒られると思った。
どうしていいか分からなかった。
彼にも言えなかった。
捨てられると思った。

ダイエットをしても流産はしなかった。
そのうちダイエットもやめてしまった。
どうにでもなれっていうヤケにもなっていた。
家や学校は今まで通り過ごしていた。

5ヶ月ぐらいになったらお腹がぽっこりしてきた。
太ったっていういい訳も限界が来ていた。
彼との行為も今まで通りしていたから、いつかはバレると持っていた。
ある日彼が私のお腹を見て「おまえ、太ったと言っているけど、もしかして妊娠してるんじゃないか?」と言ってきた。
私はとうとうバレたと思った。
でも「捨てられる!」と思って黙ってしまった。
その黙っている姿で彼は私が妊娠していると確信したみたいだった。

彼は「今何ヶ月?」と聞いた。
私は小さな声で「5ヶ月」と言った。
彼は暫く黙っていた。

彼がおろせと言うのは分かっていた。
ネットで調べておろすのは21週の6ヶ月ぐらいまでと知っていたから、「いまからおろすんだったら急がないと」と漠然と考えていた。

「おろす」事が現実になりそうだと思ったら、涙が出てしまった。
彼の前で声を出して泣いてしまった。
この時に初めてお腹の子が可哀想だと思った。
私が可哀想じゃなくて、お腹の子が可哀想だと思った。
ずっと泣いていた。
30分ぐらい泣いていた。

すると彼が「産もうか。」と言った。
私は「え!」って彼を見た。
彼は私の頭をなぜながら、「産もうよ。両親に会いに行くよ。」と言ってくれた。

その言葉を聞いた時、すごく嬉しかった。
学校なんか辞めたっていい。
彼と結婚して子供と三人で生活するのが一番の幸せなんだって一瞬で思った。
両親も子供が出来て、結婚するって言えば納得するしかないって思った。

彼は私の両親に会う前に、自分の両親に話して来ると言った。
実家は飛行機で移動するような、かなり遠い場所だった。
実家の場所は初めて聞いてびっくりした。

彼は「今はこっちで働いているけど、結婚したら地元に帰るつもりだったから会社も辞めなければいけない。地元で仕事を探して収入も減って、実家の近くでアパート暮らしになるけどいいか」って聞かれた。

私はもちろんOKした。
彼と子供と三人で暮らせるなら何処でもいいと思った。
貧乏でも大丈夫だと思った。
遠くてもいいと思った。

彼は「明日から会社の有給を取って実家に暫く行ってくる。両親を説得するのにかなり時間がかかるから、暫くは会えないけどいいか?」って聞いてきた。
私はもちろん「良いです。」って言った。
彼は「まっててね。」って言ってくれた。

次の日の朝に彼からメールが来た。
「今から実家に行って来ます。」という短いメールだってけど、幸せいっぱいだった。

私は「私とお腹の子供の為にありがとう。私は何処でも一緒に行きます。」って返信した。

でも
それが彼との最後の連絡だった。
彼は失踪した。

最初は忙しいと思った。
17の小娘との間に子供が出来て結婚するって言っても、ご両親が反対するって思った。
説得するのに時間がかかっていると思った。
いい返事が出来ないから、電話もメールもしにくいんだと思った。
アパート探したり、実家の近くで仕事を探していて、彼は大変なんだと思った。

でも、1ヶ月以上連絡がないと不安になった。
それでも、彼を信じていた。
信じるしかなかった。
信じて待つしかなかった。

電話は彼に迷惑だと思ったから、毎日日常のメールを彼に送っていた。
それだけが、私の心を保つ方法だった。

でも、ある日メールが「エラーレポート」って返ってきた。
「送信メッセージはお届けできませんでした」って書いてあった。

私は何度も何度もメールした。
100回ぐらいはメールしたと思う。
でも全部ダメだった。

電波が悪いかもって思って、ずっと電話していなかったけど彼に電話してみた。
そしたら、結果的には電話は解約されていた。

私は呆然となってしまった。
これからどうしようと不安になった。
彼だけが生きる道だったのに、その彼と連絡が取れなくなっている。
頭の悪い私でも、彼が逃げたと理解出来た。

家に帰って部屋で暫く泣いていた。
もうお腹の子と死ぬしかないって思った。
私は遺書を書く事にした。
お父さんと、お母さんにそれぞれ遺書を書いた。
仲の良い友達にも遺書を書いた。

最後にお父さんとお母さんと夕食を食べて、夜中に抜け出して飛び降り自殺をする事にした。
夕食の時には、明るく振舞った。
この頃は特に両親との会話は減っていた。
お父さんにビールを注いだ。
すごくご機嫌だった。
お母さんとも沢山しゃべった。
お母さんもご機嫌だった。

すごく罪悪感もあったけど、それでも私は自殺をする事に心変わりはなかった。
最後のお風呂に入って、浴槽のドアを開けたらお母さんが急に入ってきた。

思わずお腹を手で隠したけど、お母さんに手を持ち上げられた。
お母さんは私のお腹を見た。

死のうと思っている私だったし、遺書には赤ちゃんの事は書いてあったけど、お母さんに怒られるって思ってしまった。

でもお母さんは怒らなかった。
お母さんは何も言わずに、私をギュッとしてくれた。
お母さんは「気づいてあげれなくてごめんね。」って言ってくれた。
私は泣いてしまった。
声を出して泣いてしまった。
お母さんも泣いていた。

パジャマを着てリビングに行くと、さっきまでご機嫌だったお父さんが真面目な顔をしてソファーに座っていた。
机には、私が書いた遺書が置いてあった。

後で聞いたら、私があまりにも明るくしていたから逆におかしいとお父さんが感じたらしい。
この所、すごく暗くていじめに合っているんじゃないかと心配もしていたらしい。

お母さんは、私の体型が妊婦のようになっているのは気になったけど、真面目な私がまさかと思って言えずにいたと言っていた。

私の態度が不自然だったから私がお風呂に入っている間に、私の部屋を調べたら遺書が出てきて、私が彼と連絡が取れなくなって捨てられた事や妊娠7ヶ月に入った事が分かってしまった。

私が今日自殺をするのも分かってしまった。

お父さんは「気づいてやれなくて悪かった。」と頭を下げた。
私はまた泣いてしまった。

お父さんとお母さんに私は今までの事を全部話した。

彼との出会いから今日までのことを。
お父さんとお母さんは怒らずに全部聞いてくれた。
お父さんが、少しの間部屋いるようにと言ったので、30分ぐらい部屋にいたら、お母さんに呼ばれた。

お父さんから、
明日産婦人科に行く事。
妊娠7ヶ月が確かならおろす事は出来ないから、産む覚悟をする事。
学校はやめるしかないから、自主退学をする事。
彼はお父さんが探してみる。
探せたら、彼には結婚をしなくても認知はしてもらう。

と言った。

私は「分かりました。」って言った。
そして「ありがとうございます。」って言った。

今思えば、お父さんとお母さんは子供を認めなければ私がまた自殺を考えると思ったかも。
苦渋の決断だったと思う。

私は次の日学校を休んで、お母さんと産婦人科に言った。
そしたらやっぱり26週で妊娠7ヶ月だった。

お母さんは涙目になっていた。
本当は7ヶ月で初受診の妊婦だと、中々病院が決まらないみたいだけど私がここの病院で産まれた事もあって、ここで出産する事になった。

病院から市役所に提出用の用紙を貰って、市役所から母子手帳を貰った時に一気に私はお母さんになるんだって思った。

市役所の女の人は凄い目で私のことを見てたけど。

学校は自主退学した。
妊娠の事は話さなかった。
友達にも話さなかった。
子供が産まれて落ち着いてから話そうと思った。

出産までは落ち着いていた。

お母さんは私の出産準備や赤ちゃんの用品の準備をしてくれた。
お父さんは何故か出産までにぬいぐるみを5つ、ガラガラを4つも買ってきた。
私は親に甘えていた。
今思えば迷惑をかけて申し訳ないと思えるけど、当時は買ってもらえるのは当たり前だと思っていた。

かなり難産だったけど子供は無事に元気に出産した。
男の子だった。

お父さんとお母さんはすごく喜んでくれた。

お父さんのおじいちゃんとおばあちゃんも遠い所から駆けつけてくれた。
お母さんのおじいちゃんとおばあちゃんも駆けつけてくれた。
事情は分かっているはずなのに、何も言わずにニコニコしていた。
あ、私は一人っ子です。

私はすごく幸せだった。
数ヶ月前は自殺まで考えていたのに、私も子供も今はこの世にいるんだって思うと不思議な感覚だった。
出生届けの父親欄が空欄なのは堪えたけど。

お母さんは専業主婦なので、子育てはかなり甘えていた。
けっこう楽をさせて貰った。
私が子供の頃の話もよく話してくれた。
お父さんは、いつもより1時間以上早く帰って来て子供を見てはニコニコしていた。

やっぱり今思ってもこの頃は幸せだった。

子供が2ヶ月の時
突然彼からメールが来た。
アドレスは変わっていたけど「子供はどうしたの?」って書いてあったから彼に間違いなかった。
今目の前に子供がいるのに、「子供はどうしたの?」ってメールを見て凄く腹がたった。
今まで連絡がなかったのに子供を産んだかどうか確かめたくてメールをしたのはバレバレだった。

だから「子供は目の前にいます。無事出産しました。」ってメールした。
そしたら「今何ヶ月?」って返信が来た。
「生後2ヶ月です。」て返した。
そしたらメールが来なくなった。

もうこれで彼から連絡が来る事はないだろうなって思った。
でもそれでも子供がいるからいいかなって思った。
怒りの方が強くて、彼の事を好きだった事は忘れていた。

でも2週間ぐらい後にまた彼からメールが来た。
「今まで本当にごめん。今からでも責任を取りたい。許してくれるなら三人で暮らさないか。」って来た。
心臓がバクバクになった。
彼の事を好きだった事を思いだした。
思い出してしまったら、どんどん好きだった事を思い出していった。

彼が「電話で話したいって」メールが来た。
電話番号が書いてあった。
私はお母さんにコンビニに行くと嘘をついて、外に出て彼に電話をしてしまった。
彼はすぐに電話に出た。
私は言いたい事が沢山あったけど、彼の声を聞いて泣いてしまった。
前と一緒の優しい声だった。

彼は今まで連絡をしなかった事を謝罪してくれた。
その上で一緒に暮らしたいと言ってくれた。
私は彼が好きな事を思い出したし、子供には父親が必要だと思った。
だから、「私も一緒に暮らしたい。」って言った。

彼は喜んでくれた。
でも、色々問題があった。
彼の両親には本当に話したみたいだった。
でも大反対されたって言った。
だから実家近くで住むのは無理だって事だった。
だったら私の実家の近くに住もうって提案した。
私も実家の近くなら心強いしって言った。

そしたら彼が「ご両親に合わせる顔がない。」って言い出した。
でも、父親はあなただから最終的には認めてくれるはずだよって何度も言ったけど、「それは出来ない。許すはずは絶対にない。」って言われた。
ならどうするのって聞いたら、「子供と一緒に居場所を言わずに家を出てくれないか?」って言われた。
びっくりして、それって家出って事?って聞いたら、「結果的にはそうだけど、一緒に暮らして1年ぐらいたったら、おまえのご両親に挨拶に行く。1年間一緒に暮らしたらご両親はさすがに反対しないから。」って言った。
私はすごく大事にしてくれる両親から家出なんか出来ないって何度も言った。

そしたら彼はまた電話するって一方的に電話を切った。

私は家に帰ってボーっとしていたと思う。
お母さんは「何かあったの?」って何度も聞いてきた。
私は何もないよって言ったけど顔に出てたと思う。
でも内容が家出の事なのでお母さんには相談出来なかった。

それから3日後に彼からまた電話したいってメールが来た。
私はすぐに彼に電話した。
彼は「良く考えたけど、やっぱり家を出てほしい。それが無理なら三人で暮らすのは無しにするし、連絡もしない」って言い出した。
私は暫く考えて「分かりました。」って言ってしまった。
彼のことがまだ好きだって分かったし、子供には父親が必要だと思ったし、せっかく連絡が来たのに彼と二度と連絡できなくなるのが嫌だった。

お父さんとお母さんには本当に申し訳ないと思った。
今でもこの時の両親の気持ちを考えるといたたまれなくなってしまう。

私は私名義の貯金をすべて下ろした。
お小遣いやお年玉やおじいちゃん達から貰った出産祝いを貯めていたので45万ぐらいあった。

彼からメールで住所と最寄り駅を教えてもらった。
お母さんが買い物に行く時に家を出る事にした。
手紙を書いた。

彼から連絡が来た。
三人で暮らす。
1年たったら彼と挨拶に来る。
それまで見守ってほしい。
自殺とかではないから安心してほしい。

って内容を書いた。

お母さんが買い物に出た隙に、子供の荷物をまとめ、私の荷物をまとめ、用意していたダンボールに詰め込んだ。

タクシーを呼んで、ダンボールをトランクに入れて貰って近くのコンビニで彼が教えてくれた自宅の住所に荷物を送って、またタクシーに乗って近くの駅で降りた。

子供を抱っこして電車で移動するのは結構大変だった。

彼の今住んでいる家は、実家ではなく電車で1時間ぐらい離れた所の住所だった。
前聞いていた住んでいる場所とは違っていたし、実家でもなかった。
私は三人が住む為に新しいアパートを借りたんだと思っていた。

駅に着いて彼に電話した。
彼は仕事中だから、部屋の鍵を隠してある場所を教えて貰って、歩いて彼のアパートを探した。
迷って1時間ぐらいかかって、子供を抱っこして大きなカバンを持って移動するのは大変だったけど、子供がずっと寝てくれてたのは助かった。

彼のアパートに着いた。
アパートに入って、隠してあったガギを探して中に入った。
部屋は1DK だった。
三人で住むに狭いなって思ったけど、狭い方が仲良く出来るなって良い方に考えていた。
部屋は結構散らかっていたので掃除機があったので掃除した。

ここで家族三人で新しい生活が始まるんだと思うとワクワクした。
ドキドキした。

小さなキッチンがあったけど、お皿とかは一人分しかないし調味料とかもなかったので、近くのスーパーを探してお惣菜を買ってきた。
私のお茶碗とかお皿とか箸とかも買ってきた。
子供の荷物と私の荷物は明日付く事になっているけど、子供は母乳だし着替とかオムツとかは2日分カバンに入れていたので問題なかった。
炊飯器とお米はあったので、お米を炊いて彼の帰りを待っていた。
彼は夜の9時頃に返ってきた。

私は「おかえり!」って言った。
久しぶりに彼を見た。
変わってなかった。
すごく嬉しかった。

彼も「ただいま。」って言ってくれた。
すぐに子供を見て、「この子が僕の子供か〜」ってニコニコしてた。

すごく幸せな気分になった。

でも、実際はここからが地獄の始まりだった。
辛い生活の始まりだった。

つづく。




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