11月15日ブログ更新しました
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実際に北海道から沖縄まで、僕が現地に行き調査をしています。
何処でも行きます。


不貞行為(不倫)の疑惑から確証、別居、離婚から現在まで。

探偵、弁護士、警察、役所、会社、銀行、病院、実家、兄夫婦、友人、すべてをまき込んだドロドロ離婚事情。

不貞相手は会社社長!!僕は平凡なサラリーマン。妻の逆ギレ反撃、会社社長との戦い...。そして別の男の影も...。発覚から離婚まで1年3ヶ月かかりました。そして今...。7キロ痩せた僕がいます。

このブログは名古屋で「トラン探偵事務所」を設立する前の出来事を構成して書いています。探偵の仕事では法律厳守をモットーとして活動をしています。

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「DV被害の告白」を掲載しています。

『僕の離婚バトル 探偵紹介所』

料金が不透明・無駄な調査を繰り返す・説明のない高額な請求書・調査すらしない。調査した内容で依頼者、対象者を脅す。

そんな「悪徳探偵」 が残念ながら、いまだに実在します。

困っている人、悩んでいる人、疲れきっている人を、さらに食い物にする「悪徳探偵」は必要ありません。
そんな僕の考えに賛同して頂いた探偵さんだけを、紹介しています。


僕の離婚バトル 仁義無き戦い

2013年11月15日

DV被害の告白、13

A子さんの文面を掲載します。

よろしくお願いします。


当時リーマンショックの影響でT也の工場も不況になり、勤務時間も1日4〜5時間に減り、給料は半分以下になってしまいました。

会社からは「副業を認める」と言う話しや、工場長からは「この工場もいつまでもつか分からないから、つてのある人は新しい仕事に付いた方がいい」と言う事を言われていました。

生活はとても苦しかったので私もパートの時間を増やし働きましたが、それでも苦しくて1円のお金も無駄に出来ませんでした。

T也は「子供が生まれるのに、このままでは生活が出来ないから、空いた時間をコンビニでバイトをする。」と言ったので、私はこの言葉を聞いた時「子供の事を考えてくれている」と思いとても嬉しかったですが、実際はバイトを探す素振りは無く、空いている時間は車で遊び歩き、H男と遠くまで釣りに出かけたり、他県まで釣り具屋巡りに行くので、頻繁にガソリンを入れる為、毎月のガソリン代が食費よりも多くかかっていました。

遊びに行った先で欲しい物を見つけると「金ちょうだい。金ちょうだい。」と言い、余分なお金が無いと言っても聞き入れて貰えず「自分の働いた金だからよこせ」などと言い、それでも私が渡さないと「A子は金にきたない」「A子の家から金もらって来い」と言い、自分の欲しい物を手に入れるまで騒ぎました。

T也が毎月必ず買っていた物はロックのCDとDVD、本、釣り竿や釣り用品、釣りの月刊誌(同じ物を2冊。見る用と保存用)流行の洋服や、Tシャツ、古着、などで、洋服は携帯のサイトから注文し、着払いで買う事が殆どなので、宅配の人が来て初めて私が知り、お金を払わなければいけなくなってしまいました。

特にTシャツにはこだわりがあり、着る為では無く趣味で集めていたので、衣装ケースに収まらない程、タグの付いた新しい物があっても次々と買い続けていました。

T也は欲しい物を買う為に、私が働いていた店にまで、お金のむしんに来るので、仕事場の人もその姿を見て、T也がブラブラ遊び歩いている事を知り、心配をして私に声を掛けてくれる人や、T也に新しい仕事先を紹介してくれる人もいました。

紹介してもらった仕事は働いていた工場よりも条件が良く、収入も増えるのでとても良い話でしたが、T也は「お母に聞かないと分からない。」「お母に話したら怒られた。」と言うので、この話しは無くなりました。

後になって、新しい仕事に変われば地元に帰る事(同居)が出来なくなると言うのがT也の母親の理由だったことが分かりました。


結婚してからT也がよく口にしていたのが「お母に聞かないと分からない」「お母に言われた」という言葉で、何でも母親に相談し、母親を1番に優先しているT也の姿は、言葉は悪いですがマザコンで、母親の言いなりでした。


こんな事がありました。
T也は冷凍食品やレトルト食品ばかり食べて育ったと聞いていたのと、好き嫌いや偏食が多くアレルギーがあったので私は食事を全て手作りしていました。

T也は夕食のご飯の写メを必ず母親に送り、母親が夜勤の時以外は携帯電話で話しながら食事をしていました。

食事の時は携帯電話を使わないように話しても聞いて貰えなかったので、T也には勿論ですが、配慮の無いT也の母親にも嫌な気持ちを感じていました。

それまでご飯をお代わりして食べていたT也が急に食事の量が減り、食事の後直ぐ、「腹減った」「コンビニに行ってパン買って来い」等と言うので、食事をきちんと食べる様に言うと、T也は「お母にご飯を沢山食べるのは病気になる前兆だから、食べる量を減らせと言われた」「A子の作ったご飯を食べていたら病気になると言われた」と言い、冷凍食品やレトルト食品はきちんと管理されて作られているのでそちらの方が健康的だと言われました。

T也の母親からT也宛てに大量のカップ麵やレトルト食品が送られて来て、T也は私の作った食事には手も付けずにそれらを食べる事もありました。

私が何を言っても「お母が言ったから」と言い、理解してもらえないので口論になる事がありましたが、T也は都合が悪くなると大声で怒鳴ったり、私に向かって思いっきり物を投げつけたり、鋭い目つきで睨みつけ、私の気持ちを理解してくれたり、2人で相談して決めるという事も殆ど有りませんでした。


それどころか、T也は気に食わない事や、私に母親の事を指摘されると、その腹いせのように性交渉の時、「お母を悪く言った事を謝れ」「もう絶対にお母の悪口を言わないと約束しろ」と言われ、私が謝るまで許して貰えませんでした。

T也は怒ったかと思えば、落ち込んだり、泣きだしたり、反省しているのかと思うと、急にキレたり、怒鳴ったり、物に当たり壊したりするので、私はそんなT也の性格が理解できないのと、怒りのスイッチがいつ入るか分からないので、T也をあまり刺激しない様に気を付けていました。

ただ、ハッキリわかったのは、T也は母親の話しなると異常に反応し、正常な考えが出来なくなる事と、どんな事でも100%母親の肩を持つ事と、些細な事や、どんなに小さな事でも母親の事を指摘されると感情を抑えられなくなり、執念深く謝るまで許してくれないと言う事です。
T也は食事の写メを送ったり、金銭的な事、私が話した事など、事細かく母親に報告するので私は常にT也の母親から監視されている様な圧力を感じとてもストレスを感じていました。


本当なら結婚した時点で、私とT也は住民票を住んでいるアパートのある市に移すのですが、理由は分かりませんがT也の両親から住民票をT也の実家から移すことを禁じられていました。


私は妊娠している事が分かっていたので、早く産婦人科に行きたいと思っていましたが、住民票が無いので母子手帳の交付を受けられませんでした。


T也の母親は以前、産婦人科の看護師をしていたので妊婦検診の補助の事や住民票の登録以外の県では補助は受けられないなど詳しく分かっていましたが、交通費や4時間かけて妊婦検診に通う事は大変なので、アパートの近くの産婦人科で検診を受けたいと話しても「駄目だ」の一点張りだったので妊娠が分かってからもずっと産婦人科を受診する事が出来ないで居ました。


平日の朝,寝入っている時、T也から急に手を引っ張られ体を起こされ座ると、既に私の左手には手錠がかけられていたので,慌てて抵抗しようとしましたがすぐ右手を背中にまわされて手錠をかけられその後,力づくで布団に押し倒され暴行を受けました。

私は,T也から体を押し倒されたとき,何度も「痛いから止めて!」も言いましたT也は「すぐ,気持ちよくなるから」など私の言葉など
を無視して暴行してきました。
私は肩の付け根がビリビリと激しく痛かったので上半身を動かそうとすると手錠が腰に当たりその場所も痛くなり、とにかく苦痛で仕方ありませんでした。
そのうち私は言い様のない脱力感と吐き気を催し、気持ちが悪くなり「気持が悪い」「吐きたい」と言ってもT也は行為を続けていましたが、徐々に私は頭がボーとして肩や、腰の痛みも感じ無くなっていました。

T也は私の顔に精液をかけた後、手錠を外し直ぐ、部屋を出て行きました。
私は性液の匂いが気持悪く、早く綺麗に洗い流したかったので、
シャワーをしようと思いお風呂場に行きましたがシャワーをしている間に、貧血のような感じでめまいがして立っていられなくなり、座ったまま具合が落ち着くのを待ちましたが、酷い吐き気が止まらなかったのでずっとお風呂場に居ました。

だるさと、吐き気と震えが治まりませんでしたが、座っているのもきつくて体を横にして休みたかったので寝室の布団に行きましたが、今までない経験したことのない様なだるさで動く事ができませんでした。


仕事に行く前、寝室に来たT也は私の状態を見て驚き、話し掛けて来ましたが、私は、声は聞こえていても返事をする事が出来ませんでした。

T也はその場で自分の母親に電話をして「A子がグッタリしている」
「真っ青で話しも出来ない」「顔がつめたい」「気がついたらグッタリしていた」など長い時間話し、その後、職場に電話をして仕事を休みましたが、オロオロするだけで私を病院に連れて行こうとはしませんでした。

しばらくして私は話しが出来る様になったので、実家の母に電話をして具合が悪いので実家に帰りたいので迎えに来てくれるように頼みました。

母から具合が悪いのであれば実家まで帰るより、まず近くの病院に行くように言われましたが、私はT也にまた何をされるか分からない怖さと、こんなにも具合が悪いのは普通では無いと思い、とにかく「帰りたい」と繰り返し母に話しましたが、途中からは涙が溢れて話しが出来なくなってしまいました。

私の様子がおかしいと感じた母はT也と電話で話すと、T也は「ただのつわりなので大丈夫です。」「寝てれば良くなると思います」などと言っていましたが、心配した母がアパートに来ると言うとT也は渋々、私を実家に連れて帰る事を承諾しました。

電話を切った後、T也は感情的になり私の母の事を「うぜーんだ糞婆」と怒鳴りながら床に携帯電話を投げつけ、私に「何で帰りたいって言った」「チクル気か?」と怒鳴ってきたので「本当に具合が悪いから帰りたいだけ」と言いましたが、私はT也から怒鳴られたり、睨まれると、動悸がしたり、口やノドがカラカラに乾いてしまうので、それ以上T也を刺激しないように黙っていました。


T也から性的暴行で初めてガムテープを使われた後に過呼吸が起きた事がありますが、暴行を受けている最中とその後、こんなにも具合が悪くなったのは初めてでした。


母は私が産婦人科を受診していない事を知っていたのと、つわりや妊娠の為に体調が悪くなっているのかと思い、T也との電話の後、母の知り合いの産婦人科に連絡を入れ直ぐ診て貰えるように話しを通してくれていました。


実家に向かう車の中で私はずっと後部座席に横になって休んでいましたが、T也は、私の体調を気に掛ける様子も話し掛け来ることも無く、殆ど口を聞きませんでした。


病院に付く少し前、T也から「余計な事は絶対に言うな」「シャワーをしてたら具合が悪くなったと言え」と言われ、手錠の事も、暴行を受けている時に具合が悪くなったことも、朝、性交渉があった事も堅く口止めされました。

その後T也は「中で出してたらバレたよな」「危ねー」等と独り言を言っていましたが、今思うとT也は車の中で、私にした事がばれないか気が気では無く、必死で都合のいい嘘を考えていたのだと思います。


病院の待合室には私の母とT也の母親が来ていました。

T也の母親は私を見て「何だ歩けるんだ。T也から電話来た時は意識が無いと言っていたから救急車を呼ばないといけないと思ったけど、その後、○○(地元)まで連れて来るって連絡があったから、来れる位落ち着いたんだ。人騒がせな人だね」と言われ、私の母も「意識が無い」「救急車」と言う言葉を聞きそんなに大変だったのか?と私とT也に聞いて来たので、私は「大丈夫」と答えましたが、T也は何も答えませんでした。


この時の診察で私は初めてエコーに写った赤ちゃんを見たのと、力強く鼓動を打っている心音を聞いて、安心したのと、決して良い胎教ではない私のお腹の中にいる赤ちゃんが可哀想になり泣きそうになってしまいました。

診察室に一緒に居たT也はエコーに写ったまだ小さく輪郭だけの赤ちゃんの姿を見て「A子に似てメッチャ可愛い。」「スゲー鼻筋通ってる。」「早く抱きてー」等とわざと大げさに白々しい事を言い演技をしているT也を見て朝からの事や、人前でだけ良い人をブル態度が悔しくてこらえきれずに泣き出してしまいました。

気持が悪い程T也は私の側に寄り添っていたので、看護師の人は私が感動して泣いているのかと思ったかも知れませんが、私は本当にT也の演技をしている姿に腹がたち、悔しかったです。

診察を終えて、場所を変えて看護師から母子手帳の交付の説明などを受けていました。

その間に私の母とT也が医者から説明を受け、私が前置胎盤の疑いがある事と、体調が悪くなったのはストレス等で、つわりが酷くなったのかも知れないので、無理をさせないでゆっくり休ませるようにと言う話しがあったようです。


3人のいる待合室に戻ると、T也からエコーで撮った赤ちゃんの写真を渡されました。
写真の下の余白に「前置胎盤」と書いてあったのでそれが何なのか分からなかったので聞くと、T也の母親は「まともに産めない事」と言い、その後「産むなんてまだ、決まって無いんだから、妊娠してることは誰にも話すな」と言われT也は「分かってる」と即答しました。


母はT也の母親の言葉を打ち消す様にT也に向かい「お父さんになるんだから頑張ってね」と言っていました。T也は小さくうなずいていましたが、私は赤ちゃんに何か問題があるのかとても不安になりました。

私はそのまま実家に帰りしばらく休養する事になり、母と実家に向かう車の中で私はT也の母親の言った言葉や、前置胎盤の為に赤ちゃんが産めないのか?私の知らない所でT也とT也の母親が何を話していたのか気になり、写真の下に書かれていた「前置胎盤」と言う言葉の意味を母に聞きました。母は、前置胎盤は疑いであって、まだ小さいからこれからの経過を見ないと分からない事、例えそうであっても元気な赤ちゃんを産んでいる人が沢山いる事を話してくれました

家に帰り、ネットで前置胎盤に付いて調べると、妊娠後期や出産時に問題が起こる事がある事と、胎盤の位置によっても症状が変わる事が書いてあり、前置胎盤の為に赤ちゃんを中絶しなければいけない事などは、どこにも書いてありませんでした。

T也の母親が言った「まだ産むか決まってないから・・・」と言うの
は前置胎盤の為だと思っていましたが、待合室でT也が母親にエコー
の写真を見せた時、「まだ若いのに、子供なんか産んだらT也の負担
が増えるだけだから堕しなさい。」「早い方が良い」と言っていた事を
母から聞き、私はとてもショックを受け、どうしてT也は母親に何も言ってくれないのか?どうして子供と私の事を守ってくれないのか?何故T也の母親はいつも勝手な事や酷い事を言うのか悔しさと、怒りで一杯でした。

それまで私はT也の母親の事は苦手でしたが、この病院での事があってから本当に「怖い人」と感じたのと、「嫌い」と言う強い感情を持つ様になりました。


私の母も、T也から両親からの差別や家族との不仲、母親が家で1番強い、誰も母親には逆らえないと言っていたのを聞き、それを信じていたので、T也の母親の非常識さや、性格の強さは知っていましたが、T也と母親が一緒に居る時の仲の良い姿や母親に言う事を頷いて聞いているT也を見て、T也の話しに嘘がある事を感じていたようです。


私が実家にいる間にT也は電話で何度も「無理して産まなくても良いんじゃないか?」「子供はまだ早い」「2人の時間がもっと欲しい」「堕して」と言って来ましたが、それは母親から言わされている事は分かっていたので、T也やその母親がなんと言おうと私は子供を諦める気持ちや迷いは全くない事と、同じ事を言うのであればアパートにはもう帰らないと伝えました。

T也とその母親が中絶させようとしている事を知ってから、「私が子供を守る」と言う強い思いと、子供に対する思いが強くなる一方で
T也の母親の介入が酷くなるのではと言う不安と、これから先、T也が変わらないかも知れないという思いや、不信感が大きくなっていきました。

これまでT也から受けて来た事や、T也の母親の嫌がらせ等で何度も傷ついて来ましたが、エコーで見た赤ちゃんの姿と心音を聞いて子供への想いが一層強くなり「自分の事は我慢しても子供の事は絶対に私が守る」という強い思いが私の支えになりました。


T也が中絶を進めている事を知っていた私の両親はT也が家に来た時、中絶に付いて私が嫌がっている事と、授かった命は粗末にしてはいけないと言う事を話すとT也も渋々承諾しましたが、この時、両親が話した事がまた、T也の嘘によって後から大きな問題になってしまいました。


私は実家にいる間にネットで離婚相談所を調べ、性的暴行の事は話しませんでしたが、T也の性格(特に平気で嘘を付く事)やT也と母親の事、等を話しどうすればいいのか相談しました。

このような所に相談したのは初めてでした。

初めは妊娠している事もあり、子供の事や経済的な事を考えても修復をする事を勧められましたが、話しの途中から、「この男は見込みが無いから出来切るだけ早く別れた方が良い」と言われ、「この男はまともでは無い」とまで言われました。

夫婦問題を専門にしている人から「見込みが無い」「まともでは無い」と言われ正直「やっぱり」と言う思いがありましたが別れる事は出来ないと思いました。


T也の事を「私が変える」と思っていた自分がいましたが、それは
両親から充分な愛情を受けられなくて、常識を教えてもらえなかった為に出来ない事が多いと思い、私が愛情を示せば変わってくれると思っていましたが、母親とT也の関係を知って、私にはT也を変える事は出来ないと言う思いに変わって行きました。


アパートに戻ってからの生活はT也と私の間に大きな溝ができていました。

T也は相変わらず自己中心的で遊び歩き、だらしのない生活をしていましたが、私はお腹の子供に気持ちが向いていたのでT也の事はあまり考えない様になりました。

T也はこれまで通り、私が思い通りになると思っていたのかも知れませんが、私がT也の事にあまり手を掛けない無い様になったことや、自分のペースで時間を使う様になったり、一人で出かける様になると、T也の方から話掛けて来たり、機嫌を取る事が多くなりました。

それでも私がT也とのスペースを取っていると、T也はまた、母親の悪口や、実家の悪口を話してきたり、子供が生まれるのが本当に楽しみだ等、都合の良い話しをしてきましたが、私はT也の言葉を信じられませんでした。

T也もマズイと思ったのか、食事をしながらの母親との電話の回数や、深夜まで遊び歩く事も減ってきました。

そんなある日曜日、私が掃除をしているとT也は一緒に出かけようと誘って来ましたが、私が行かないと言うと急に怒り出し「そんなに掃除が好きならこれも全部綺麗にしろ」と言いながらベランダに置いてあったゴミ袋を破り部屋中にゴミを巻き散らかし、その後、台所の部屋のゴミ箱のゴミを散らかし「お前は掃除だけしてろ」と怒鳴り出かけて行きました。


夜遅く帰って来たT也は出て行った時とは別人の様に静かで、何度も私に謝って来ました。

私はT也と口を利くのも嫌だったので、無視をしているとT也は泣きだし「俺なんて死んだ方がましだよね」「もう俺の事嫌いになったんでしょ」と言うと思い切り両手で自分の髪の毛を鷲つかみにし、唸り声を上げながら思いっきり引っ張り続け、その後、握りこぶしで何度も何度も頭を叩き、その次に、ガラステーブルに額を何度も叩きつけていました。

その間何度も私は止めましたが、聞こえないかの様に自傷行為を続けるT也を見て、とても驚き、頭がおかしくなったのかと思いました。
T也の自傷行為を見たのはこの時が初めてです。
この後から、T也の暴力が始まりました。



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「DV被害の告白」をはじめから読む。


※メディア関係の方で、この内容が気になりましたら、ご家族をご紹介します。(ご家族の許可を得てからになります。)

『メールはこちらから』




※この件に対する誹謗中傷は、申し訳ないですが遠慮なく削除します。

また、コメントを一時預かりにし、確認後公開する事もあります。


1、「DV被害の訴え」

2、「DV被害の訴え」

3、「DV被害の訴え」

4、「DV被害の訴え」

5、「DV被害の訴え」

6、「DV被害の訴え」

7、「DV被害の訴え」


よろしくお願いします。


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『トラン探偵事務所』



2013年10月20日

DV被害の告白、12

現在まだバタバタしているので、A子さんの文面だけ掲載します。

今回から、結婚してからの内容になります。

よろしくお願いします。



私とT也は会食会の席で双方の親から婚姻届けに署名捺印を貰っていたので、その婚姻届けの用紙を12月24日にアパートの有る市の市役所に2人で提出する事に決めていました。

当日、市役所に行くと、T也の家族(両親、妹、祖母)が市役所の駐車場に置いてある車から出て来たので、私は驚き、何故いるのかT也に聞くと首を傾げるだけで話したがりませんでしたが、驚く様子も無くT也とその母親の「何時頃ついた?」「さっき着いたばかりだ」等の話しを聞き事前に約束していた事が分かりました。

T也の家族は婚姻届けを出す窓口まで一緒に入って来ましたが書類に不備があったので、その日婚姻届けは受理されませんでした。

T也の母親は婚姻届けが受理されない事が分かると、「わざわざ高速代をかけて来たのに無駄足になった。」「何しに来たか分からない」「A子ちゃんの親はこんな常識も教えないのか?」と、とても不機嫌で露骨に文句を言っていました。

その後、T也の家族はアパートに来ましたが、直ぐ家族で食事に出かけて行くと、T也の携帯電話が鳴り、T也は「食事に呼ばれたから行って来る」と言い一人で出掛けて行ってしまいました。

市役所で母親と仲良く話すT也の姿や、食事に呼ばれ急いで出掛けて行くT也の姿はこれまで何度も聞いていた「家族とはうまくいっていない。」「親だとも思っていない」「親とは殆ど話しをしない」と言っていた言葉とは全く反対の態度でした。

一人部屋に残った私は、T也の母親は私の事を怒っているので、T也の事だけ食事に呼んだのだと思いましたが、それでも私も一緒に食事がしたかった訳では有りませんが、母親に呼ばれ一人で出て行ったT也の無神経さや、T也は「2人で婚姻届けを出しに行く」と言っていたにも関わらず、私の知らない間に家族と連絡を取りT也の家族全員が来た事や、事前に何も話してくれないT也に腹が立ちました。

T也達は食事から帰って来ると、T也の母親は唐突に「次の私の仕事の休み(T也の母親)は元旦だから、その日に婚姻届を○○町(T也の実家のある町)の役場に出すことに決めたから」と言い出し、食事をしながらT也と家族で決めたと言い、年末年始は私もT也の家に泊まる事が決められていました。

T也の父親は「元旦に入籍すれば、結婚記念日忘れなくていい」等と言っていましたが、もう、決まった事で、私が口を出せる様な雰囲気では有りませんでした。

T也の家族が帰った後、私は自分の中の不満をT也に話しました。
婚姻届けは2人で提出する事に決めていた事を話すと、「親との話の流れで一緒に行く事に決まった。それの何が悪い」と開き直り、「家族が婚姻届けを提出するのに同席するのであれば、前もって教えて欲しいと」言うと、「何で言う必要がある」と言われました。

そして、遠くから来たT也の家族は「優しい」と言い、来ない私の家族を「非常識だ」と言っていました。

「自分の親が来ないから、ひがんでいる」「人の親の事をグダグダ言うな」と怒りだす始末でした。

改めて婚姻届けを出す日も、2人で決めたかったと言うと、「お母の休みに合わせるのが1番いい」と言い「もう決めた事だから」と言って聞き入れてもらえず、私は何故T也の母親の都合に合わせて入籍の日を決めなければいけないのか?T也の母親の介入が不満だったので、自分の気持ちを必死にT也に伝えましたがT也は理解するどころか、機嫌が悪くなり、大声で「お母の事を悪く言うな」と怒鳴られたのでそれ以上は話せませんでした。

年が明けて元旦、役場に行く準備をしていると、T也の母親から早くするように催促され、車に行くと、運転席にT也が座っていたので、私は助手席に座ろうとすると、「お母が座るから後ろに乗って。」と言われ、「お母さんが助手席?」「また付いてくるの?」と思いましたが、近くにT也の母親もいたのでそんな事も言えず、私は後ろの席に座り3人で役場に向かいました。

書類は宿直の人に預けて来ました。

その場でT也の母親から「今日の夕飯はA子ちゃんが作ってね」と言われ、私は驚いてしまいました。

なぜなら、私の実家では元旦はおせち料理や、お正月のお料理などを食べていたので、そのような料理を作らなくてはいけないと思い、私はT也の母親に「難しい料理は作れない」と話すと、「何でも良いから作れる物を作って」と言われたので、空いているスーパーを探し、ハンバーグの食材を買い、T也の実家に帰りました。

台所は料理を作れる様な状態では無かったので、私は一人で時間をかけ台所の掃除をしてから夕食を作りましたが、パン粉を使おうとすると、袋の中は無数の虫の死骸とパン粉が小さな塊になって使える状態ではなかったので、茶の間にT也を呼びに行くとT也と母親が台所に見に来ました。

それを見た母親は「これ位で何騒いでいるの」と言っていました。

T也の母親は冷蔵庫から取り寄せのスイ―ツを取り出すと「あーん」と言ってT也の口に運んで食べさせ、T也も口を空いて運んでもらうのを待っている姿を見て私は自分の目を疑ってしまいました。

私がいる事など関係ないように、T也の母親はT也の口に食べ物を運んでいましたが、私は2人に背中を向け、意識して料理を作る事に集中するようにしました。

少しするとT也の母親の「キャッキャッ」と言うカン高い笑い声と、T也の笑いながら「やめろ」と言う声がしたので後ろを見ると、母親がT也の足に、自分の足を絡め、それをT也が外そうとして、足相撲をしている用な格好でじゃれ合っていました。

T也の母親がバランスを崩して転ぶと、母親はT也に向かって両手を差し出し「起こして」と言い、T也は両手で母親の手を引きあげ起こすと、T也の母親はそのままT也の胸に抱きつきました。

直ぐ離れましたが、私は2人の姿を見てあっけに取られてしまい本当に驚いてしまい何も言えませんでした。

その後、T也と母親はスイ―ツを持って茶の間に行きましたが、私はT也と母親の姿が頭から離れず、今見たT也と母親の姿に混乱していました。

T也に話しを聞きたいと思いましたが、その日、T也と母親は遅くまでお酒を飲み、2人で茶の間のこたつで寝ってしまったので何も話せませんでした。

翌日、2人で初売りに出かけ、そこで話しをしようと思いましたがT也が母親を誘い3人で出かけたのでその時も何も話せませんでした。

その日、デパートでアイスクリーム屋さんに入った時、T也は私に「食べる?」と聞いて来たので、私が頷くと、T也は2つアイスクリームを買って来ました。

単純に私とT也の分だと思いましたが、1つを私に渡し、残りのアイスをまるで恋人同士の様にT也と母親で交互に舐めていたので、私は2人のそんな姿が嫌だったので「これ食べていいよ」と自分のアイスクリームをT也に差し出すと、T也の母に「余計な事しなくて良いから」と言われてしまいました。

口に物を運ぶ姿やじゃれ合っているT也と母親の姿、2人で仲良く1つのアイスクリームを食べている姿は、仲が良いというものでは無く異様な感じがしました。

私がT也の家に泊まっていた間、私が話し掛けてもT也の妹は完全に無視で、一言も口を聞く事は有りませんでしたし、母親とも必用最低限の会話しか無く、祖母も父親もT也も母親がいる時は話し掛けて来ることも少なく、T也と両親、妹の4人だけで出かけたり、T也は母親と居る時間を優先していたので私がT也の家族と過ごしたのは3日間ですが、自分が「浮いている」「孤立している」と感じ、いたたまれなくなる事が何度も有りました。

T也が両親、妹と買い物に出かけた時、私は祖母と2人きりだったので、また、色々な話しを聞きました。

その中でT也の母親がT也の伯父さん(母親の弟)の奥さんに嫌がらせや、意地悪をして「いびり出した」と言い、離婚に至った事を聞き、「お母さんはおっかない(怖い)女だからな。A子ちゃんも気を付けろよ」と言われ、これまでのT也の母親の言動を考えるとその言葉にとても重みを感じました。

私はこれまでT也から聞いていた家族に対しての言葉と行動の矛盾を祖母に聞くと「余計な事を言うと怒られるから何も言えない」と言葉を濁し話してくれませんでした。

私は友人の中で1番初めに結婚したので、婚約や結婚のしきたり等何も分からなかったことと、私の両親もT也が両親から冷遇されて育った事や、T也に無関心だと聞いていたので、結婚に関しても無関心なのだろうと思って居ましたが、最近、友人達が次々と結婚する時に、結納や結婚指輪、相手側の両親が挨拶に来た事や、嫁ぎ先の御近所に姑と一緒に挨拶周り(顔見せ)をした事、入籍をした日、嫁ぎ先でお赤飯でお祝いをしてくれた事を聞き、その様な事が一切なかった私は、自分があまりにも友達と違う事に、初めから受け入れられていなかったことを痛感しました。


お正月休みを地元で過ごし、アパートに帰る車の中で私はT也の家で感じたT也と母親の関係に対しての正直な気持ちを話ました。

T也は「冗談でやった事だ」と言っていましたが、その言葉を私が聞き入れないと、T也は「お母の言う通りにしないと、後で面倒くさくなるから、仕方無く言う事を聞いているだけだ。」と言っていましたが、私には全然そのようには見えなかったので「冗談でも普通はやらない」「T也の言っている事は信じられない」と言うと、「人をそうやって直ぐ疑うA子は根性が腐っている」と言われ、「冗談を間に受けるA子が悪い」と怒りだし、険悪な雰囲気になったので、私は不愉快になり助手席の窓から外を見てT也と口を聞きませんでした。

少しするとT也はブツブツ「お母が何で急に話し掛けてくるようになったのか分からない」「お母が何を考えているのか分からない」などと言っていましたが、T也の嫌がる素振りのない姿を見ている私には、苦しい言い訳にしか聞こえず、聞く気にもなれませんでした。

長い時間口を聞きませんでしたが、道路はUターンラッシュで渋滞になりノロノロ運転になると、T也はいきなり私の腕を引っ張り自分の方へ引き寄せました。

私はT也の方を向くと、下半身を出しているのが眼に入ったので驚き、私はT也の事を怒りました。するとT也は左手で私の髪の毛をわしずかみにして頭をT也の陰部に持って行こうとしました。

私は力を入れT也から少しでも離れようとしましたがT也も髪の毛を思いっきり引っ張るので、「痛いから止めて」と大声で叫び頭を戻そうとしましたがそれでもT也は何度も髪の毛を引っ張り陰部へ近付けようとしました。車が進み出すとT也は私の髪の毛を放したのでT也に自分の姿を見られるのも、T也を見るのも嫌だったので、私は急いでシートベルトを外し後部座席の運転席の後ろに移動し膝を抱え、顔を伏せて座りました。

T也は運転しながら何度も隣に来るように言っていましたが、それが何を意味するのか分かっていたのでT也の事をずっと無視していました。

するとT也は「これ、どうすればいいの」と言って来ましたがそれでも私が無視をしていると、「自分でやるよ」と言い、その後、走った後のような荒い息使いが聞こえて来ました。

私はT也の声を聞くのも嫌気がさし耐えられないのでずっと耳を塞いでいましたが、それでも聞こえるようなうめき声を上げ、その後「だめだ〜」と言い静かになりました。

その後、私に拭くように言って来ましたが、無視をしているとブツブツ文句を言っていましたが自分で拭いていました

私は、この時初めてマスターベーションをしている人を見た(聞いた)ので気持ちが悪く、狭い車の中の空気も汚く感じそこに居る事も苦痛でした。


アパートに着くとT也は先に部屋に入りましたが、私はT也と居るのが嫌だったので車から降りないでいるとT也は戻って来て私の腕を掴んでアパートの部屋に引きずって行きました。

リビングに連れて行かれ乱暴に床に転ばされ、起きあがる間も無く私の上に座り、ポケットに隠し持っていた手錠を両手にはめられ暴行を受けました。私は、手錠をはめられるまでは、両手を動かし必死で抵抗しますが、手錠をはめられた後は、どんなに抵抗しても力づくで暴行されてしまいます。

手錠を使って暴行を受けたのは、この時が初めてでは有りません。

ガムテープを使って暴行を受けたのは3〜4回ですが、そのガムテープはT也の勤める工場で梱包に使っていた物を無断で持ち帰って来た事が分かったので、私は「これ以上同じ事を繰り返すのであれば、同じアパートに住む工場長に話しをする。」と言ってから、ガムテープを使っての暴行は無くなりました。

しかし、その後から手錠を使って暴行を受けるようになりました。

T也と結婚の話しをする時、手錠やガムテープを使っての性的暴行、暴力的な性交渉、強引な性的強要がどれだけ酷い事か話し、T也も絶対にしない事を約束したので、その言葉を信じ、T也から性的暴行を受ける事はもうないと思い、私はそれまでの事を1度リセットして新たな気持ちでやって行こうと思い入籍をしたので、T也が約束を破り手錠を使って性的暴行を加えた事、車での出来事にショックを受けたのと、これまでT也から聞かされていた家族との関係とは真逆のT也と母親の姿や、母親の言いなりのT也と一緒にやっていけるのか?これまでT也から聞いてきたT也の家族の事が、何が嘘で何が本当なのか分からなくなり、どうしていいのか分からなくなってしまいました。

私はT也に対する不信感ばかりが募り、またいつ手錠を使って暴行されるか分からない恐怖で、気分が落ち込むことが多くなったり、T也も夜遅くまでH男と遊びに出掛けたり、アパートに居る時は携帯をいじるか、ヘッドホンをしてギターを弾いているかで、食事の時も携帯電話で母親と話しながら食べているので、楽しいとか和やかといった新婚生活では有りませんでした。


私はT也とのスペースがほしかったので、姉が出産する為、母が4週間手伝いに行く事になっていたので一緒に行く事にしました。(姉は海外に住んでいます。)

姉の家に着いて、時差ボケや、疲れとだるさで体調が良くありませんでした。

1週間経っても気持が悪く、食欲が無く、食べても吐いてしまう事が続いたので、市販の薬を飲み、様子を見ましたが良くならなかったので、姉が病院に電話をして症状を話すと、妊娠をしていないか聞かれたので、直ぐ市販の検査薬で調べ、妊娠している事が分かりました。

自分でも妊娠など考えてもいなかったので正直驚きました。
自分のお腹の中に小さな命が宿っていていると思うと、不思議な感覚がありましたが、子供が出来たことでT也も変わり、落ち着いた生活が出来ると思いました。

私はT也に妊娠の事を知らせる為、何度も電話をしましたが、通じないので日本の時間に合わせ夜や土・日の仕事の休みの日に電話をかけ続け、やっと電話が繋がり、私は妊娠している事を伝えました。

T也の反応は私が思っていたのと違い「ふーん」と言うだけで喜ぶ様子はありませんでした。

T也の様子がよそよそしい事と、後ろで女性の声が聞こえたので何処にいるのか聞くと、のらりくらりと話を逸らしていましたが、最後にはH男と女性と泊まりでスノボーに来ている事を白状しました。

私はこの時、T也は浮気をしていると思いました。

その後、T也から電話があり「一緒に居た女はH男の彼女だ」「急に付いて行くと言い出したから仕方なく連れて行った」「H男の彼女が来て、自分もビックリした」と苦しい言い訳をしていましたが、私は近くに居ないのでその時の状況も分からない事と、証拠もないのでT也を責める事は出来ませんでした。

妊娠を知った母から「お腹の赤ちゃんは母親の感情や声を感じとる事が出来るので充分な栄養を取って穏やかな気持ちで生活するように」と胎教を教えられたので、泣いたり、怒ったり、言い争う事は止め、お腹の赤ちゃんの事を1番に考え、T也が女性と泊まりでスノボーに行った事で揉める事は止めようと思いました。

日本に帰ったその日の夜、T也はスノボーに行った事の言い訳をしていたので「疑われる様な事はしないで」と話し、それ以上の事は言いませんでした。

この時、私は、子供が出来たのでT也の母親の事も含めT也には家長、父親としての自覚を持ってほしいと言う事と、自己中心な生活は改める事と性的暴行を絶対しないように話しました。

T也は「分かった」と言い、妊娠の事を話した時とは別人の様に子供が出来た事を喜んでいました。そして「子供が産まれたらロックなんてやってられないから、産まれるまではやらせて欲しい」と言うので、家事を分担し、空いている時間の中でする事を承諾しました。


しかし、話し合った翌日。

T也が「起きて」と言いながら私の手を引っ張り私は体を起こされました。頭がボーっとして座ったままでいると、T也が私の腿の真ん中の辺りにまたがって来たので、慌ててT也の胸の辺りを手で押しました。しかし、T也は、スエットのパジャマのポケットから手錠を出し、私の片手に手錠をはめ、後ろに回すと、その後、もう片方の手を背中にまわされ腰の辺りで手錠をはめられました。私は、ずっと「止めて!」「離して!」と抵抗しましたが、無駄でした。

私は、腰の辺りと肩から腕の辺りがとても痛かったので「痛いから止めて!」と何度も言いましたT也から体を押し倒されパジャマと下着を乱暴に脱がされ手錠をかけたまま強姦されました。私は、強姦されている間、特に手錠が腰に当たり、「痛い!痛い!痛い!」と何度も言いました。

しかし、逆にT也から「静かに!」と怒られ、手錠を外してもらえませんでした。

T也は行為が終わると真っ先に自分の下着を履き、私の体を起こし後ろに回り手錠を外しました。私は、肩から腕にかけての部分と腰がとても痛かったで、しばらく布団の上に座っていました。

T也は、リビングでギターを弾いていました。

私がシャワーを浴び、部屋に戻ると、T也は何事も無かったかのようにまだギターを弾いいたので私は怒りが収まらなかったので、「お腹に赤ちゃんがいるのが分からないの! 性的に病気だよ! 私の事、何だと思っているの!やらせる家政婦じゃない!」と泣きながら言いました。

T也は、私のことをバカにしながら「はい はい。」とだけ言い真剣に聞いていませんでした。

私は「もう、無理だから親に話す。」と言うと、被告はギターを弾くのを止め、もの凄くキツイ目で私を睨みつけ「言いたければ言えば!その代わりどうなっても知らないからな!」と脅迫してきました。

私はT也の言った「どうなっても知らないからな!」と言う言葉を聞き、もっと酷い事をされるのではないか?と恐怖を感じました。

胎教の為に穏やかな気持ちでいたいと思っていても、T也から受ける性的暴行は一瞬で私の心を乱してしまいます。

お腹に赤ちゃんがいるのに何故?何を考えているの?
子供の事を考えれば考える程、T也の行為が腹正しく、怒りや悲しみや情けない気持ちで、自分の感情を抑えるのが難しい程、気持がぐちゃぐちゃになって行きました。

T也は自分の性欲を満たす為であれば、私がキッチンで食事の用意をしていると時、後片づけをしている時、ベランダで洗濯物を干している時、お風呂に入っている時、仕事から帰って来た時、・・・場所や、時間など関係有りませんでした。


T也は当時、リーマンショックの影響で仕事が不況になり1日4〜5時間しか働かず、自由な時間が多くあったので、私に対して、朝・夕方・夜・夜中・場所や時間に関係無く、性的行為を強要しました。

しかも、殆ど毎日、性的行為を強要され、気持ちの付いて行かない性交渉は嫌で嫌で仕方がありませんでした。
T也は、いつも強引だったので、私が嫌がると、私の手を引っ張って布団まで連れて行かれることが頻繁にありました。

私は、よく座り込んで抵抗したので、そのままの体勢で手首を引っ張られて寝室に連れて行かれたり、掴まれないように手を振り払ったり、掴まれた手を離そうと引っ張り合いになったりしました。

毎日、同じような事が繰り返されていたので、右肩に、違和感を感じるようになりました。
その後、肩の付け根が苦しくなり、腕を自分で動かしてカクンとはめると楽になるので、そのような動作を繰り返していました。

次第に右肩に常に痛みを感じるようになり、その痛みが強くなって肩を床につけて寝ることが出来ないぐらい酷くなり、寝ていても痛みで目が覚める程酷くなりました。

しかし、T也は、私の右肩の症状をいたわることは全くなく性的暴行を繰り返し「肩が痛くて寝むれないなら後ろを向け!」と言い、後ろから性的暴行されたことも何度もありました。

それまで私はT也から暴行を受ける時、手足が自由な時は、ばたつかせたり、体をねじるなどして抵抗しましたが、妊娠してから同じ様に抵抗すると下腹部が張り、痛くなり、さらにそこにT也から乱暴に性交渉を受けるので、乱暴された後は体を丸めてお腹の張りと痛みが治まるのを待たなければいけませんでした。

少しでもお腹に負担をかけない為に抵抗する事を止め、早く終わるのをじっと待つしか有りませんでした。

T也に「男はみんな同じだ」「皆もっと凄い事をしている」と言われても、私はT也しか知らないので比較出来ませんでした。

私の中ではT也は性的に異常だと思ったので、病院に行くように勧めたり、一緒に行こうと促したりしましたが「自分は普通だ」と言い、聞いて貰えませんでした。

暴力的な性行為や手錠を掛けられて暴行を受ける時、私は、泣きながら抵抗すると、T也は「もっと泣け」「許して下さいと言え」「○○して下さいと言え」と言ったり、私の胸の上に座り自分の陰部を「みろ」と何度も言ってきました。

私がどんなことを言われても目と口を強く閉じ、T也の言う事を利かないとT也は首や顔に精液をかけるなどの屈辱的な行為をしてきました。

以前にT也の母親から私が一緒に住めばT也が風俗に行かなくて済むと言われた事も「しこり」としてあったので、「これ以上我慢は出来ないので異常な事をしたいのであれば風俗に行ってすれば!」と言うとT也は「プレーでするのは楽しくない。」「A子が泣けば泣く程燃える」「必死に抵抗するA子を見ると我慢できない」と言われ、T也の言葉を聞き、私が本気で泣きながら抵抗する事をT也は喜んでいたのだと思い、ゾッとしました。

T也の性癖を私はどうしても理解する事が出来ませんでした。

結局、妊娠中でもT也の性的暴行は収まる事も家庭を顧みる事も家事を手伝う事もありませんでした。



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2013年10月16日

DV被害の告白、11

A子さんから文面が届きました。

かなりバタバタしているので、A子さんの文面をのみを掲載します。

すみません。


沢山の人が応援して下さっている事に心から感謝しています。

トランさんのブログにこれまでT也から受けて来た事を掲載する事を決めた時、非難や厳しい意見が出る事は覚悟していましたが、色々な事が重なり心が折れてしまいました。

私は離婚裁判中でT也の嘘を証明する為に気持を奮い立たせ裁判資料を作成していました。

同じ時期コメントの中に私の両親に対する批判や「自業自得」「T也の行為は普通のSM」という言葉を目にし、正直とても動揺してしまいました。

T也が私にしていた事はSMとして普通の事で私が過剰に反応したのか?
私の我慢が足りなかったのか?
自分が招いた事だから、警察と司法の判断は仕方がないのか?
自分が招いた事だから、T也のしてきたことを指摘するのは間違っているのか?

警察と司法に守られているT也とは対照的に、ことごとく否定されてしまう私は世論の力を借りる事が最善だと思った事は間違いだったのか?
等色々な事を考えました。

私は保護命令の申し立ての時、陳述書にT也から受けて来た暴力とT也が些細な事で激情する性格である事、物を投げつけたり、壊したりすること、日頃から言われていた脅迫めいた事を書きました。
しかし、性的暴行の事は陳述書には書かず口頭で裁判官に伝えました。
それは、文書にすればT也の家族も私の親も知ってしまうので、それはどうしても嫌だったからです。

地裁で保護命令が出てから、裁判所から送られて来た書類の中にT也の書いた陳述書がありました。
その陳述書に書かれている事は嘘ばかりで、毎日私に怯え生活していたと書いてありました。
それを見て私はどうしても嘘を許す事が出来ず、自分の受けて来た事を性的暴行のほんの一部分を初めて両親に話しました。

そして、警察に相談に行き、警察との関わりが始まりました。

警察に相談に行ったのは、警察を信頼していた事、事実に基づいて正しく対処して貰えると思っていたからです。

しかし、初めはとても親身に聞いてくれていた警察が途中から手のひらを返した様な対応に成り、暴言、恫喝を受ける様になりました。

そして高裁での保護命令の取り消し・・・

その後は何を言っても、何をやっても全てがT也側に動いてしまいT也が被害者になってしまいました。

T也側は保護命令が取り消される前迄は暴力も性的暴行も認め、解決金を支払うと言っていたのに、保護命令が取り消されると一転して暴力も性的暴行も否認し、解決金どころか慰謝料を請求してきました。
事実は何処かへ消えてしまいました。

もし、T也が正直に事実を認めていたら、私はT也から受けてきた性的暴行の事は決して裁判官以外は誰にも話しませんでした。
それは私が受けて来た事を知れば、親がどんなに苦しむか分かっていたからです。

保護命令の取り消しから離婚裁判までT也の嘘を証明するのに必死でした。

裁判の終盤になり、10月2日 口頭弁論があり1年9ヶ月振りにT也と顔を合わせなければいけませんでした。

私はこれまでのT也から受けたことで心も体も傷つき、どれだけ苦しい思いをしているか準備書面と陳述書に書いて来たので、それを見ているT也は自分がしてきたことも含め全てを知っているので、少しは反省をしているかも知れないと心の何処かに僅かな思いがあると同時に、T也に対する恐怖心と、またどんな嘘を付いてくるか分からない怖さがあり、とても複雑な心境で、体調はさらに悪くなり、病院に通う回数が増え、医師からは裁判に出るのは無理だと言われました。

裁判の期日を延期する事も出来ましたが、先延ばししても避ける事は出来ない事なので、私の状態と医師の所見を書いた診断書を提出し弁護士の先生から裁判所の方に事情を話して頂きました。

当日は裁判所の方で配慮をして下さり、T也側と会わない様に裁判所に着く時間、法廷に入廷する時間をずらしてく下さり、法廷では遮蔽措置をして頂きT也の姿を見る事はありませんでした。

しかし、同じ部屋の直ぐ先にT也がいると思うだけで、怖さと、不快感と緊張で手が震えてしまい、酷く動揺してしまいました。

H男もT也側の証人として出廷して居ましたが、正直、H男とT也の声を聞くのもとても辛かったです。

T也もH男も真実を話す事を宣誓したにも関わらず、嘘ばかり付き私の代理人の弁護士と裁判官からの質問には「ん〜?」「え〜」「覚えていません」を繰り返し、T也側の代理人の質問には「その通りです」「間違い有りません」と即答し、何一つ正直に話す事はありませんでした。

T也が主張していた事です。

(性的暴行について)
・性的暴行はした事は無い。
・A子が嫌がる事は一切していない。
・手錠を使ったのは前戯の時にいちゃついた時だけで手錠をかけたままで性交渉はしていない。
・性交渉を持とうとしても、A子から拒否された時点で、それ以上は何もしていない。

(T也の育った境遇に付いて)
・家族から冷遇された事は無いのでその様な話しをした事は無い。
・冷遇されているとA子が誤解をする様な類の話しをした事もない。

(暴力に付いて)
・こつんと叩いた事はありますが暴力は振るっていない。

(浮気に付いて)
里帰り出産していた3ヶ月の間、T也は高校2年の女子高生と浮気をしていました。
その事に付いて別居後T也と話しをした事がありこの時の会話を私もT也も録音していました。
その中でT也はハッキリと浮気をした事を認めていましたが、
「A子から浮気をしたと言う様に強要され、浮気をしたと言わないと話しが終わらないので仕方なく言いました。」
「法的な浮気はしていません」
言っていました。

裁判と言う厳粛な場でも、いとも簡単に嘘を付き、弱々しい声で被害者を演じているT也の声を聞き、私は気持ちが悪くなり、呼吸が乱れ、座っているのが精一杯でした。

裁判が終わった時には自分で立つことが出来ず、支えられて車に向かったのは覚えていますが、その後の事は記憶がありません。

意識が戻った時、私は病院のベッドで点滴を受けていました。
そこは私が通院している病院の救急室で、私は意識と反応が無い状態だったことを医師から聞きました。

目が覚めた時、側に居た看護師さんが「辛かったね」と言って頭をなでてくれ、その言葉を聞いた時、涙が溢れました。
(看護師の方は、私の家族から話を聞いたのとカルテを見てこれまでの病気の経過や裁判があった事を知っていたそうです)

今回、コメントの事もあり正直掲載を止めようと思いました。
しかし、あの時の看護師さんの優しさに触れたり、コメントで応援して下さる方がいる事、そしてトランさんのアドバイスも有り、事実を知って貰う為に最後まで掲載を続ける事にしました。

私を含め、家族はトランさんを信頼し、トランさんの言葉に支えられています。

小説の様でその時の私の気持ちが分からないと言うコメントも有りましたが、その時の感情や思いを思い出す事は、フラッシュバックや、その時の怖さや、苦しさがそのままの感情が蘇ってしまうので
事実を淡々と書く事が精一杯でした。

しかし、これからは自分の感じた思いも出来るだけ書いていこうと思っています。

これからも不快な思いをされたり、理解していただけない事や、腹立たしく思われる事もあると思いますが、事実を書いていこうと思います。

私の事を気にかけて下さる方、応援して下さる方に本当に感謝しています。
ありがとうございます。


追伸

私は今、子供と一緒に実家で生活しています。
体調に波があるので、色々な面で家族からのサポートを受けていますが、毎日の生活の中で子供達の笑顔や成長を見る時、癒され平安を感じています。
大切な子供と一緒に暮らせて幸せです。


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2013年10月05日

DV被害の告白、10

ご無沙汰しています。

中々更新が出来なくてすみませんでした。

かなり僕自身がバタバタしていたのと、A子さんの裁判の関係で更新が出来ないでいました。

前回のコメントのアクセスログを解析させて頂いた所、かなりの確率でT也側が、コメントをしている可能性が高い事が分かりました。

掲載を続けると、A子さんが裁判で主張する内容をT也側に伝える事になりそうなので、控えていました。


別の内容を更新しなかったのは、僕がバタバタしていたという言い訳の怠慢なのですが・・・


また、前回のコメントで、様々なご意見を頂きました。

様々なご意見のコメントを頂いていた時は、僕もA子さんも、A子さん家族もリアルタイムで確認をしていました。

また、A子さんやA子さん家族とリアルタイムで連絡をしていました。


もちろん、A子さんには厳しいコメントも多かったと思います。

A子さんもご家族も、かなり辛かったと思います。

A子さんは実際、体調を崩してしまいました。


A子さんの事を思いやるなら、A子さんよりではないコメントは削除した方がいいとのご意見も頂きました。

僕も気持ち的には、同感する部分もあります。


ただ、A子さんも、ご家族もコメントの削除は希望しませんでした。


コメントに書かれているような、双方の考えが、裁判所でも警察署でもありました。

裁判所では、高裁ではDVの取り消しの不当判決になってしまいましたが、地裁では認められ、最高裁では、高裁がもっと論議を交わしていれば別の判決になった可能性が高いとの判断も頂いています。

警察でも、あるメディアに、「単なるSMだよ。」と、いうような事を言った警察関係者もいれば、A子さんの立場になって、親身に何とかしようとして頂いた警察官の方もいます。

裁判所、警察署でさえ、前回のコメントに書かれているような双方の考え方があります。


A子さんの事件をブログに掲載をする事にしたのは、A子さんが、気持ちよく自分の考えだけを受け入れて頂けるコメントを読む為だけではありません。

辛くても、様々なコメントを見て、世間の考えを知るのも必要だと考えていますし、掲載をする前に、辛いコメントもある事は、A子さんに伝えています。


また、これはA子さんに限った事ではないと思います。

A子さんの状況をご理解して頂いた方は、「自業自得」との内容に驚いたでしょう。

逆に「自業自得」と思っている方は、A子さんを擁護するコメントに驚いたかもしれません。


様々な考え、意見がある事を知って頂きたいとの思いもありコメントを削除しませんでした。

コメント内で議論になりましたので、あえて削除せず状況を僕や、A子さん、A子さんご家族と見守っていました。

議論の流れを読んで頂いた方が、よりこの問題の奥深さを理解して頂けると判断しました。

あからさまに、単に誹謗中傷したコメントは削除しましたが・・・


また、今回このような内容を書いた事によって、「どれだけ批判コメント書いても消されないぜ!」と思われた方・・・

状況を見て僕の判断で消す事もありますし、コメントを預かりにする事もありますし、前回もありましたが、名前を変えて何度もコメントをする方は遠慮なく削除していきます。


ブログでA子さんが掲載して、実情を書いているのは、世間に少しでも訴えていきたいからです。

T也がしてきた事は、日本では合法なのか。

T也がしてきた、様々な行為は罰せられないのか。

問題ないのか。

やり放題なのか。

自業自得の一言で、すべては無かった事にされるのか。


色々な考え方はあると思いますが、僕の答えはNOです。

T也は、自分のした事に対して、何らかの償いをしなければいけないと考えます。


A子さんとT也は、現在は民事裁判をずっとしてきています。

T也は裁判には出廷せず、T也の弁護士だけが来ていました。(本人が出る出ないは、基本的に自由です。)

T也の弁護士は、T也は暴行などしていない、無理矢理レイプなんかしていない、A子さんが言っている事の方が嘘だと、事実と違う事を言っていました。


そして、今月2日に証人喚問がありました。


T也が初めて法廷に出廷しました。

証人喚問に対しては、後日書ける内容を掲載します。(他にも証人喚問で呼ばれた人もいます。)


T也は話し合いの段階から嘘を付きまくり、裁判でも二転三転と供述をコロコロと変えています。

そのおかげと言ったら変ですが、その事によって、こちらは沢山の矛盾点を指摘出来るようになりました。

また、T也が嘘を言ってくれたおかげで、こちらが持っている証拠で反論する事も出来ました。

でも、それでもさらにT也は嘘を付き続けましたけどね。

T也弁護士も、これだけの証拠や供述や、T也の二転三転する証言から、T也の言っている事は嘘だって分かっている筈なのだから、もう少し歩み寄ってもいいと思いますが・・・

完全対決姿勢を貫いているので、いくら弁護料を貰っているのか邪推してしまいたくなります。(嫌味です。)

ただ、今回の証人喚問で、裁判官はどちらの言っている内容が真実かは確認出来たと思います。


「自業自得論」に対しては、そういう考えもある事は理解しています。

また、何故そのような状態で結婚をしたのか疑問を持つ方がいるのも理解できます。

その事に関しては、下記にA子さんが記述した文面を掲載します。

性交渉に対して無知で、恋愛経験も無かった、当事高校卒業したばかりの未成年だったA子さんの状況も加味して読んで頂きたいです。



T也との結婚に至った経緯

私は幼い頃から純潔に付いて厳しく教えられていたので、純潔を破る事は「悪」と言う思いと、結婚するまでは純潔を守る事と、結婚後は貞操を守る事、人生の中で性交渉を持つ相手は「結婚した伴侶だけ」という事は当然の事だったので、何も疑問を持つ事は有りませんでした。

家族の反対を押し切りT也の元に行く事を決めたのは、T也の事が好きで一緒に居たいからとか、T也が一人暮らしに不自由していると言う理由からでは無く、T也の自殺未遂を信じ、自分の為にT也が死んだら私は人殺しになり、一生後悔すると思ったからです。

私が直接殺した訳で無くても、精神的に追い込まれて行くT也から助けを求められ、孤独で生きていけないと泣きながら話し、2度も死のうとしたT也をどうしても放っておくことは出来ませんでした。

勿論、自分のしようとしている事がどれだけ大変な事か、T也の所へ行けば大きな問題になるかは分かっていましたが、それでも私は 高校時代や、就職して会う機会があっても、T也は私をだます事は 簡単だったので、転勤で離れて様子が分からない私をだます事はもっと簡単だったと思います。

様子が見えないだけに私の中でT也の悲壮さが大きくなって行きました。
私の周りにはこれほど嘘を付く人間は居ないのと、男性が泣く姿を見た事がなかったので、T也に泣かれると何も言えなくなってしまい、T也のペースになって行きました。

T也から体調が悪い事や鬱状態で有る事を言って来た時、母に「心配だから様子を見に行きたい」と話した事があります。

この時、母から「一人暮らしの男性の所に行けばどうなるか分からないのか?」と怒られた事があります。

「日帰りで帰って来る」「様子を見たら直ぐ帰って来る」と言っても 絶対に許して貰えませんでした。
付き合った当時からT也の育った家庭環境を聞いていたのでT也に対する同情の気持ちが大きくなっていました。

T也のアパートに行けば純潔を破る事は分かっていました。
T也と性的関係を持つことになってもそれはT也が私を好きで愛情の延長の上での性的交渉だと思っていましたが、実際は強引に乱暴されその行為には優しさも思いやりも有りませんでした。

布団が汚れた事でT也から怒られ、自分の来ているTシャツで拭きながら、私はどうして来てしまったんだろと言う後悔と、T也の怖さを実感し逃げ出したい気持ちで一杯でしたが、どこにも行くところがありませんでした。

出血した事で布団を汚した事で怒られ、元に戻す様に言われた時、 自分が受けた酷い行為と、感情をむき出しにして怒るT也の姿に 今までに感じた事のない怖さを感じ逆らえませんでしたが、 家を出たその日にこんな酷い事が起きてしまい自分気持が混乱したいました。

一人になり考える事は、両親の忠告を利かずT也の元に来たことへの後悔と家に帰りたいと言う思いと性的に汚れてしまった自分は帰れないという相反する気持がありました。

私が家を出たことで、直ぐ、両親が怒って連絡を掛けて来ると思っていましたが、電話もメール来なかったので、余計に家族の事が気になりました。

性交渉を拒めばT也から脅迫の様に「出血した事をばらす」と言われ、自分の体の事や性的な事を他の人に知られるのは絶対に嫌だったのと、拒否をしてもT也が私の言う子と等聞く訳など無く、抵抗せればする程、暴力的な扱いを受けたので結局、どんな事をしてもT也の思い通りにされてしまいました。

私は初めての性交渉の時、女性が出血する事も分からなかった程が性的な事に対し知識も無かったので、T也から受けた酷い性的暴行を受けても、逃げる事よりも、T也にずっと関わって行く事しか方法は無いのだと思い込んで居ました。

一番初めにT也から強引に乱暴された行為は私のトラウマになってしまいました。

・家を出た後の家族との関係は自分が思っていたよりもはるかに悪く、初めの頃は私からの電話にも誰も出てくれませんでした。

・怒られる事よりも完全に無視されて事の方が辛かったです。

・家族、特に姉兄の仲が良かったのでその中で1人外れてしまい  今までの中で無い程の孤独感を感じました。

・同棲と言う中途半端な関係を猛反対していた家族を押し切り、家を出たので、家に戻るには結婚と言うけじめを付けることしか無いと思っていました。

・結婚以外に家族との関係を取りもどせる方法は無いと思っていました。

・兄の結婚式で家族と会った時、よそよそしい態度でも、久しぶりに会えた事や話が出来た事がとても嬉しくて、家族と元のような関係になりたいと強く思いました。

・T也は付き合っていた頃から、私の家族と自分の家族を比較し「うらやましい」と言い、「自分は絶対にお父みたいな親にはならない」 「お母みたいな女とは結婚しない」などと言い、暖かい家庭に憧れていたので、その言葉を信じていました。

・T也が家事に協力的でない事、自己中心的な態度、平気で嘘を付く事、非常識な事は親から冷遇され育ったので、家庭の中で学ぶ常識や社会性が身に付いていないと思っていたので、一緒に生活していく中で私がT也に教えて行こうと思っていました。

性的な事に付いて

・私の育った家庭は性的な事にとても厳しく、小さい頃からTVでキスシーンの場面や裸の映像が映ると、直ぐTVを消したり、アニメでも下半身を出す(クレヨンしんちゃん)の番組を見る事は禁止され、どんな番組を見るか管理されていました。  TV番組や映画も露出の多い物や、性的描写がある物は禁止されていたり、雑誌なども買う時に内容を良く確認するように言われていたので、性的な事は他の家庭より厳しかったと思います。

それは私だけに限った事では無く、姉兄全員がそうだったので ガムテープや手錠、性的玩具を使って私が性的暴行を受けている事など絶対に家族には言えませんでした。

どんなに抵抗しても、最終的にはT也の思い通りにされてしまい 自分は汚れているという思いで、諦めの気持ちでいました。


性交渉を持つ相手は「結婚した伴侶だけ」と当然のように思っていた私は、結婚前に性交渉を持ってしまったT也とは、必ず結婚をしなければいけないとの思いが強くありました。

家族に性的暴行をされている事を話す事は絶対に言えなかった状況で、同棲しているなら性交渉は持っていると家族は分かっているのに、T也と別れると言えば、結婚前に男の家で同棲し、純潔を破った私を家族は一生軽蔑するかもしれないとの思いも強くありました。

戻る場所がありませんでした。

家出をしてT也と同棲をしてしまった私を、家族から認めてもらう為には、T也と結婚をする事しか方法がないと考えました。

私は前後はしてしまったけれども、結果的には純潔を守ったと家族に認めてもらう為には、T也と結婚するしかないと考えました。

どんなに抵抗しても、最終的にはT也の思い通りにされてしまい 自分は汚れているという思いで、諦めの気持ちもありました。

家族に会いたい、家族と前のように仲良くしたいとの思いが強く、結婚すればそれが叶うかもとも考えました。

酷い言い方かもしれませんが、私はT也に愛情があって結婚した訳では有りません。

性的暴行をされていても、愛情がなくても結婚するしか選択肢がないのであれば、結婚する事をきっかけに、家族と仲良くなって、辛い状況は言えないけれど、家族からまた愛情を沢山貰えれば、この辛い状況を我慢出来るかもとの気持ちがありました。



以上がA子さんが書かれた文面です。


色々な考え方があるのは理解しています。

ただ、さまざまな原因、動機などがあり、今回の結果になっています。

結果論で判断している人がもしいるならば・・・

それはちょっと違うと思います。

これからも「DV被害の告白」は掲載を続けて行きます。

よろしくお願い致します。



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2013年07月31日

DV被害の告白、9

いろんな調査がありますが・・・

潜入調査もたまにあります。

ある社員が不正をしているのではないかとの疑惑があると社長からの依頼を受け・・・

それを確かめる為に、僕も社員として入社し、その不正をしている疑惑のある社員の不正を暴くという仕事もありました。

調査は結構長期間になり・・・

営業職として入社したので、普通に営業をして、売上げもあげていました。

会社の人達からは結構良くして頂き、飲みに行ったり、仕事を教えて頂いたり、フォローをして頂いたり、多少の罪悪感を感じながも、着々と不正の証拠を積み重ねていました。

で・・・

言い逃れが出来ないぐらいの証拠を集め・・・

社長も納得して、調査は終了になりましたが・・・

当然、調査費用は頂いているので、給料なんて出ません。


出ませんが・・・

調査終了の時の月は、運よく新規で結構大きな契約が取れたんですよね・・・


社長は・・・

「社員の不正を暴いてくれただけでなく・・・」

「君のおかげで、調査費用の何十倍も儲かったよ〜〜♪」

「いや〜〜めでたい♪めでたい♪」

「本当に感謝しているよ〜〜♪」

「これ少ないけど、ご褒美な♪」

と・・・

封筒を渡されました。

受け取ると、厚みから10万円ぐらいだと思いました。


僕「え!!ほ、本当にいいんですか??」


社長「もちろんだ!!」

社長「本当に助かったからなぁ〜♪」


僕「あ、ありがとうございます!!」


と・・・

いそいそとポケットに入れて、社長と別れてから、封筒を確認すると・・・

1000円の商品券が10枚でした・・・


僕「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」


僕「調査も頑張ったけど、営業の仕事も頑張っていたよな・・・」

僕「最後の月は、結構な利益を会社に貢献したよな・・・」

僕「僕・・・頑張ったよな・・・」

僕「深夜にお客さんの所に謝罪に行った事もあったよな・・・」

僕「他の社員の納期ミスで、商品をトラックに積んで、200キロ離れた所に配達にも言ったよな・・・。」

僕「スーツが足りなかったから、自腹で買ったよな・・・」


じっと・・・1000円の商品券10枚を見ます・・・


僕「そりゃ〜調査費用を貰っているから、別に給料をもらうのは違うのは分かるけど・・・」

僕「この、商品券も本来なら、頂けないのだけど・・・」

僕「1万円の商品券はすごくありがたいんだけど・・・」


僕「結構、普通の社員として、こき使われたよな・・・」


僕「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」


僕の器が小さいのかもしれないけれど・・・


なんとなく・・・・

なんとなく、釈然としない、モヤモヤした気持ちがありました。


ちゃんちゃん。。。



え〜〜


「DV被害の告白」ですが・・・

沢山の意見を拝見しました。

メールも沢山頂きました。

返信が出来ていなくてすみません。


辛くて読むのを止めたとの内容も何件かありました。


また、この内容が事実かどうか分からないとのご意見もありました。

確かにその通りかもしれません。

証拠を提示していない事でさらに、不審があるのかもしれません。

ただ、何故、A子さんが現在も苦しんで、辛くても戦う事にしたのかを、理解してほしいとの気持ちもあり、このような告白文を書いて頂いています。

外傷後ストレス障害(PTSD)と診断されている、A子さんがこの事を書くのはかなり辛い事で、かなり無理をさせているのかもしれません。

この事件は、あまりにも複雑な内容が絡み合っているので、一部分だけを抜粋しても、僕の文章力ではまとめる自信がない事もあります。

今後の流れとしては、結婚後、A子さんが耐え切れなくなり別居をして、T也、T也家族、T也弁護士、T也の友人達の嘘、虚偽などや、警察、司法の対応などや、裁判記録をそのまま掲載するなどは出来ませんが、ある程度の証拠を提示して、A子さんが告白している内容と、T也が主張している内容と、どちらが信憑性があるのか、どちらが嘘を付いているのかを、T也側はどれだけ矛盾点があるのかを、客観的に判断をして頂ければと思います。

そして、警察のあまりにも酷い対応や、司法の判断なども、ある程度の証拠を提示していきたいと考えています。

※どこまで提示出来るかは、今後の流れにもよります。

まだ話は途中ですし、さらに酷い内容が今後出てきますが、ここまでの事をされてもT也は、刑事的責任は一切なく、DVでもないと、警察、司法は判断しました。

逆に言えば、極論になるかもしれませんが、ここまでの事をしても、結婚さえすれば、夫は処罰されないんだよ、やりたい放題なんだよって事になってしまいます。

夫婦間のレイプ(強姦罪)を司法が判断するのは、かなり難しいのは理解しています。


これを認めてしまうと、DV虚偽以上に、悪用する妻が増えてしまうとの懸念も確かにあります。

その基準となる判例はありますが、まだまだかなりハードルが高いと思います。

でも、僕はA子さんの内容なら、夫婦間レイプ、DVは認められるべきだと考えています。

しかし、警察、司法は「認めない」でした。

「泣き寝入りしろ」でした。

「夫婦だから問題ない。」でした。

(ここら辺の流れも複雑でしたが・・・)


「夫婦間レイプの刑事法上の位置付け 海渡双葉」

夫婦間レイプについての判例や刑事法上の位置付けなどが記載されています。

※携帯電話・スマホでは見れないかもしれません。

http://www.lawandpractice.jp/files/rokugou/L&P6kaito.pdf#search='%E5%A4%AB%E5%A9%A6%E9%96%93%E3%81%AE%E3%83%AC%E3%82%A4%E3%83%97'


沢山のコメント、メールありがとうございます。

どのようなご意見でも、この件に関心を頂いている事に感謝します。

これからも「DV被害の告白」は続きますが、よろしくお願いします。


「DV被害の告白、9」行きます。


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2013年07月17日

DV被害の告白、8

7月15日のAM10時に、A子さんから送られた、コメントに関しての内容を遅れましたが掲載します。

僕も前回のコメント拝見させて頂きました。

僕も、A子さんもA子さんご家族も、裁判記録に基いて、今後、話が進むに連れてある程度掲載をしていこうとは考えていますし、本当は裁判記録をそのまま掲載したい気持ちが大きいですが、「証拠」となれば、A子さんやT也のフルネームや、事件番号などを出さなければいけなくなってしまいます。

もちろん「証拠」として、それらをすべて掲載するのが一番の方法だとは分かっているのですが、僕はA子さんのフルネームを広めたくは無いですし、T也の名前を現段階で掲載するのは、こちらのデメリットが大きすぎて時期ではないと判断しています。

また、裁判記録をそのまま掲載するのも、A子さんを守るためには、現時点ではいろいろな方面で不利になる可能性が高いと判断しています。

出来ましたら、今の掲載方法をもう少し見守って頂けたらと思います。


〜〜〜〜ここからA子さんの記述〜〜〜〜


私がT也から受けて来た事は、あまりにも異常で、気分が悪く、不快な思いをされたり、信じる事が出来ない方も多くいらっしゃると思います。

これまで書いて来た事は、T也と知り合ってから、一緒に生活するまでの事で、これから先は更に酷い事が起きて来ます。


私の経験をトランさんのブログに掲載をする事で、これまでトランさんを応援しブログを見ていた方が離れていったり、私を助けて下さるトランさんに不信感を持たれるなど、トランさんに御迷惑がかかっている事をとても申し訳なく思っています。


私がこれまでの経過を書く事にしたのは、苦しかったとか、悲しかったと言う事では無く、DV加害者の怖さや、異常性、2面性を知って欲しい事と、T也のした事が本当に法に触れない事なのか?警察と司法の有り得無い対応と嘘と、離婚裁判で同じ事が繰り返されるかも知れないと言う危機感があり、これまでの異常な状態を一人でも多くの人に知って欲しかったからです。


受けて来た性的暴行や暴力だけを書く事も考えましたが、それではT也の表面的な異常さだけで、内面の怖さや異常性、性格をうまく伝える事が出来ないと思い、付き合っていた時からの事を書きました。

私の優柔不断さや甘さなどで不愉快な思いをされたり、イライラされた方もいると思いますが、事実を有りのまま書きました。

DV加害者は外ヅラと内ヅラが全く違い、周りから「良い人」と思われている事が多いのが事実です。

その為に勇気を出し、DV被害を訴えても信じて貰えない事や、反対に相手を落とし入れようと嘘を付いていると疑われたり、作り話をしていると言われてしまう事さえあります。

その事により、被害を受けている人は、更に傷付き、話す事を止めてしまいます。


高裁で保護命令が取り消されてから、私はDVについての有識者の方や支援団体の方、シェルターの関係者や国会議員の方と話す機会が何度かありました。

その時、私が受けた事と同じような辱めを受け、精神的に深く病んでしまい家庭は壊れ、子供と別れ、精神科に入院したまま人生が狂ってしまった人や、配偶者からアダルトビデオと同じ事を強要され続け、苦痛で自殺してしまった方がいる事、そして、その加害者である男性が何の責任も問われず普通に生活している事が多くある事を知りました。


私はこれらの話しを聞いた時、大切な子供と一緒に生活出来る事、家族に支えられている事に心から感謝し、自分は恵まれていると強く思いました。


多くの人がそうであるように、私の育った家庭も性的暴行や暴力とは無縁でしたが、私が選択を間違えた事により、自分が辛く惨めな生活をするだけでは無く、家族まで巻き込み、苦しめている事に反省と後悔の気持ちで毎日生活しています。


多くのDV被害者は知らず知らずのうちに深みにはまってしまい、逃げる事も出来ず、傷付きながらも耐えている事や、苦痛のあまり自ら死を選ぶ人がいる程、DVが恐ろしく、根の深い物である事を分かって頂きたいです。


逃げたくても逃げられない事
体だけでなく、心までボロボロに傷ついてしまう事・・・


T也から離れられた私はまだ良い方だと思います。
自殺、精神病で片づけられてしまい、自分の苦しみを話す事が出来ない人達は私よりもっと壮絶な出来事があったと思います。


DV加害者の特徴や、DV被害の本当の恐ろしさや悲惨さを警察や司法が理解し、被害者に寄り添い正しく対処されるなら、被害を受けている女性は、早い時期に助けを求める事が出来ると思います。


今回コメントで色々な意見があり、トランさんにも迷惑を掛けてしまいましたが、私はどうしてもT也の嘘と警察の嘘に負けたくありません。

しかし、どんなに正直に話しても、事実が捻じ曲げられてしまいます。
警察権力に個人で立ち向かっても、巧妙な嘘で傷付けられるだけです。


これまのT也側に偏った警察と司法の対応と、現在、係争中の離婚裁判が、これまでと同じように異常な状態で行われない為に、一人でも多くの方に事実を知って頂き、公平に裁判が行われる様に、出来ましたら力を貸して頂きたいです。

宜しくお願いします。




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2013年07月11日

DV被害の告白、7

現在掲載をしている「DV被害の告白」ですが、ブログやSMSなどで広めて頂きたいです。

特に、東北地方、福島方面の方に広めて頂きたいです。

T也は、かなりの不特定多数の人物に、自分で作り上げた「嘘」を広めています。

当然、T也は被害者で、A子さんは加害者との内容で、事実無根の誹謗中傷をばら撒いています。

また、T也だけではなく、T也側の人間も積極的に、事実無根の誹謗中傷をばら撒いています。

ネズミ算式に、事実無根の嘘が広まっています。


事実無根だという事は、裁判記録などで証明出来ます。

また、録音記録などで証明出来ます。

物的証拠で証明出来ます。

T也がどれだけの嘘を付いているのか証明出来ます。


しかし、狭い街なので、かなり拡散されてしまっています。

当然名誉毀損にあたる内容なので、対応する予定ですが、一旦流れたデマを訂正する事は容易な事ではありません。

被害者なのに、街で暴言を吐かれた事もあります。

嫌がらせ電話をされています。


少しでも事実を広める為に、ブログやSMSなどで紹介をして頂きたいです。

どうしても、世間の注目を浴びないと解決できない内容もあります。


よろしくお願いします。



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2013年06月27日

DV被害の告白、6

ちょっと、調査でバタバタしているので、すぐに本文行きます。

すみません・・・

被告と記載されている部分がありますが、被告=T也 です。

宜しくお願いします。


「DV被害の告白、6」行きます。


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2013年06月14日

DV被害の告白、5

調査はほぼ終了したのですが・・・

その対象地域の周辺を把握しないといけなかったので・・・

徒歩でトコトコと歩いて、撮影をしたり、対象物の確認をしたりしていました。


周りはかなり田舎で、畑が沢山ある地域です。

暫く歩いていると・・・

畑仕事をしていおばあさんがいました。


季節は夏・・・

タオルで汗を拭き拭きしながら、おばあさんに話しかけます。


「今日は暑いですね〜〜」


この地域の状況を把握しないといけないので、おばあさんと少し話がしたいなぁ~って思いました。


おばあさんも・・・

「暑いな〜〜」

って言ってくれたので・・・

たわいない世間話から、この地域の事を聞き出す事が出来ました。


ある程度話が聞けたので・・・


「じゃぁ〜おばあさん。」

「畑仕事、頑張って下さいね〜〜。」


って切り上げようとしたら・・・


「あ、待ちなさい。」

「この、スイカを持っていきなさい。」


と・・・

大きなスイカを僕に差し出します。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

デ・・・デカい・・・

機材の入ったカバンさえも重いのに・・・

この暑い夏の日に・・・

さらに、これを抱えて、徒歩30分の車まで戻る事を考えたら・・・

途中で、行き倒れになるかも・・・


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」


当然、お断りモードに入ります。


「い、いえ・・・」

「せっかくおばあさんが収穫したスイカですし・・・」

「頂く事なんか出来ません。」


でもおばあさんは・・・

「いいから、いいから」と・・・

スイカを両手で重そうに持ち上げ・・・

おばあさんは満面の笑みで、僕に強引にスイカを持たせました。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

「あ、ありがとうございます。」


もう、断る事なんて出来ません。

ズッシリとスイカの重さが体中に伝わります。

持った瞬間、体中から汗が噴きだします。。。

僕は引きつった笑みで、おばあさんにお礼を言い・・・

トボトボと車に戻る事にしました。


重い・・・

本当に重い・・・

すごく重い・・・


途中で何度もスイカを地面に置き・・・

休憩を挟みながら、歩きますが・・・

体中から汗が出るし・・・

重さで、腕も疲れてくるし・・・


スーツっぽい格好で、ちょっと土の付いたスイカを必死で抱えて、歩いている姿を通りすがりの人は不思議そうな顔で僕を見るし・・・

何で僕は数百キロ離れた田舎で、スイカを抱えて必死に歩いているんだろうと・・・

自分の置かれた境遇に涙が出そうになるし・・・

車に戻るまで、珍しくマイナス思考になっていました。


やっと、車に戻りクーラーをかけた時には、これが幸せっていうんだと実感し・・・

シャツとズボンが汗でべったりだったので車内で着替えて、調査が途中だったので、またトコトコと徒歩で来た道を戻り、調査を再開しようと思ったら・・・

前から、さっきのおばあさんが、リアカーをひきながらこちらに歩いてきました。

荷台には、十数個のスイカを乗せて、すごく重そうにリアカーをひいています。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

おばあさんは汗だくで、重そうなリアカーをゆっくり、ゆっくりひいています。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

僕は、車内で暫く涼んでいて、着替えまでしたのに、おばあさんは汗だくで、重そうにリアカーをひいています。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

僕は1個でも、あれだけ辛かったのに、リアカーといえども、十数個のスイカを運んでいるのは、僕よりも辛いだろうなぁ〜って思ってしまい・・・

さらに、なぜか母との姿が重なってしまいました・・・


で・・・思わず声をかけてしまいまいた。


「おばあさん。手伝いましょうか?」


おばあさんは、僕を見て・・・


「ああ〜〜さっきの人かね〜〜。」

「ほんなら、お願いしようかね〜〜。」


と・・・

何のためらいもなく、おばあさんは僕にリアカーをひかせました。


リアカーといえども、やっぱり重いですね・・・

結構必死で、フウフウ言いながら、おばあさんと話をしながら、おばあさんの自宅まで行きました。

まぁ〜大変だったけど、おばあさんとの話の中で、さらに有力な情報を得たので、良いかなって思ったら・・・

おばあさんは・・・


「ありがとね〜〜。」

「じゃぁ〜これお駄賃。」


と・・・

また・・・

大きなスイカを僕に持たせます。


「ハハ・・・」


ひきつった笑みと共に・・・

何故だか、涙が出そうになりました。


でも・・・

「あ、ありがとうございます。」

としか言えません。


おばあさんは、満面の笑みです。

お互いにお礼の言い合いをしながら・・・

おばあさんと別れ・・・

僕はまた、重いスイカを抱えながら、汗だくで、半泣きになりながら、車に向かい歩き出しました。


数年前の話ですが・・・

夏が近づくと、いまだに思い出す出来事ですね・・・


スイカは・・・

全部は食べ切れませんでした・・・

すみません。



ではでは・・・

「DV被害の告白、5」行きます。


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2013年06月02日

DV被害の告白、4

移動する事もなく、突然ある日、ある場所で27時間30分の休日が出来ました。

普段バタバタしていると、ふと時間が出来ると何をしていいのか分からないですよね。

僕も同じで、とりあえずホテルで目覚ましをかけずに、寝たのですが・・・

朝の4時には目が覚めてしまい・・・

今日は久しぶりの休日なんだから、寝ないと・・・寝ないと・・・

と思っていると、逆に寝れなくて、5時には諦めて起きて、相談メールの返信をしていました。


7時から、朝ごはん付きのホテルだったので、朝ごはんを食べに行ったのですが・・・


10日以上滞在していたのですが、相変わらず同じメニュー・・・

10日間で違ったメニューといえば・・・

鮭が、白身魚に1度、変わっていたのと・・・

ソーセージがいつもはボイルだったのが、1度だけ焼きソーセージだった事があり・・・

その時は、同じ長期滞在者の人達と、焼きソーセージの取り合いでしたが、負けてソーセージ無しの朝食でした・・・


しかし、なんと今日も、その待望の焼きソーセージの日!!


長期滞在者さんとの死闘の末、取り合いに勝ち・・・

睨まれながらも、最後の1個をお皿に入れ・・・


後は、お決まりの鮭の切り身と、卵焼き、ほうれん草、サラダに、パンをお皿に入れて・・・

もくもくと食べ、また部屋に戻りました。


まぁ〜1泊朝食付き駐車場無料、4780円のホテルなので、朝食のメニューに文句なんて言えないですけどね。


9時頃までは、相談メールの返信を黙々として・・・

ある程度きりが付いたので、朝風呂に入り・・・

映像のチェックをしたり、元依頼者さんや、他の今の依頼者さんからの電話のやり取りをしていたら・・・

気づくと、12時を過ぎていました。


「これ以上ホテルにいると、部屋の掃除をする人に迷惑かけるよな・・・」


と思い・・・

行く場所もなかったのですが、とりあえずホテルを出ました。


「とりあえず、お昼でも食べに行こう〜〜!!」


と、スマホで検索をすると・・・

なんと、郷土料理の有名な所がありました。


「よし!!」

「今日は贅沢をするぞ!!」


と、その場所に行ったのですが・・・

入口のメニューを確認すると・・・

最低の料理でも、2980円から・・・


「・・・・・・・・・・・・・。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」


「まぁ〜なんだな・・・」

「腹に入れば、なんでも一緒だよな・・・」

「高い料理を食べても、出る時は一緒なんだよな・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」


「よし!!」

「すき屋にしよう!!」


と・・・

目的地を変更して。

すき屋で、牛丼を食べました。


時計を見ると、13時30分・・・


「さてと・・・」

「これから何をしよう・・・」


久しぶりの休日なので、何をしていいか分かりません。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」


「よし!!」

「観光しよう!!」


と、スマホで近くの観光地を検索しました。


僕は仕事柄、全国を移動していますが、その場で調査はしても、観光をした事はほとんどありません。

依頼者さんに、「せっかく来たのに」とか言われる事もありますが、一人で観光してもつまらないというのもあり・・・

また、時間もなく、あっても人混みは警戒心が働いて神経が磨り減るので、仕事以外では行かないようにしています。


でも・・・

この日はちょっと違いました。


新しく買い換えたデジイチ(デジタル一眼レフカメラ)を、調査でほとんど使っていなかったので、試しに観光で撮影しようかなって思いました。


で・・・

いそいそと、観光地に行きました。

なんか一人旅をしている気分になり、ちょっとワクワクです。

カシャカシャと、観光名所をデジイチで撮影していたのですが・・・


「すみません・・・」

と・・・

声をかけられました。


振り向くと、20代半ばぐらいの女性でした。

「写真を撮って頂けますか?」

と・・・

僕に言いました。


女性を見ると一人で、他に友人や恋人や夫はいないようでした。


みなさんは、この時・・・

どうしますか??

「はい。いいですよ。」

と言う人がほとんどでしょう。


でも、僕は・・・

そう言う前に辺りを見渡してしまいます。


近くにいる人・・・

望遠で撮影できる範囲の人を見渡します。


40代後半ぐらいの男性と、30代前半ぐらいのカップルが、こちらを見ていますが、行動から一般人と判断しました。


でも、この20代の女性には何かが、引っかかる感じがしました。

しかし、断る理由もないので、写真を撮る事にしました。


僕「はい。いいですよ。」


女性「ありがとうございます。」


僕「何処をバックに撮りますか??」

と言いながら、手を出しカメラを受け取ろうとしますが・・・


女性「ちょっと待って下さい。」

と言ったかと思うと・・・

先ほどの40代の男性と、30代のカップルに近づいて行きました。


あっ知り合いだったんだ・・・

と納得したのですが・・・


なんと・・・

男性はその場所で動かず・・・

カップルの女性と、僕に声をかけた女性だけが戻ってきました。

カップルの女性が僕にカメラを渡します。


カップル女性「すみません。お願いしますね。」

女性「お寺をバックにお願いします。」


と言いました。


女性二人が仲良く並びます。


男性は・・・

こちらを見ていますが、別段怪しい行動はしていません。

身なりはかなりいいので、金持ちでしょう。


僕「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」


あっそういう事か・・・


これは・・・あれだな・・・

この女性は・・・

アリバイ工作員だな・・・


不倫旅行をする時に・・・

ご主人には、女友達で旅行をすると嘘を言って・・・

女友達と旅行したとのアリバイに・・・

こうやって、女性二人で写真を撮るんだろうな・・・


僕「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」


これ・・・すごく依頼料かかっているだろうな・・・

男性はやっぱり金持ちだろうな・・・


女性「お願いしますね。」


僕「・・・分かりました。」


カメラを構えると・・・

女性二人は、楽しいそうな顔をして、ポーズをしました。


・・・白々しいな。


僕「はい〜撮ります〜〜。」


カシャ!!


女性「ありがとうございます。」


女性がカメラを僕から受け取ります。


カップルの女性は、小走りに男の所に行くと・・・

また、腕を組んで、歩いていきました。


女性はそれを見守るように、後を付いて行こうとします。

僕は休日で時間があったのもあり、また興味もあったので女性に話しかけてしまいました。

結局めんどくさい事になってしまったので、後悔していますが・・・


僕「アリバイ工作も大変ですね。」


女性「・・・・・・・・・・・・・・・・!!」


僕を上から下までジロジロみて言いました。


女性「あなた・・・探偵ですか!?」


女性が辺りを伺います。


僕「初っ端から探偵って聞いたら、ダメじゃないですか?」

僕「もっと別の聞き方、探り方もあるのに。」


女性「・・・・・・・・・・・・・・・・。」


僕「それに・・・」

僕「僕が探偵で、カップルがターゲットなら、この場で僕が話しかけるのは、ご法度って分かりますよね??」


女性「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

女性「でも・・・」

女性「・・・ご法度って言うぐらいなら、探偵ですよね。」


僕「決め付けますね・・・。」

僕「証拠のない決め付けは危険ですよ。」


女性「・・・・・・・・・・・・・・・・。」


僕「まぁ〜ぶっちゃけ、彼女とはまったく関わりのない、休日の探偵ですけどね。」


女性「・・・・・・・・・・・・・・・・。」


僕「写真を撮るなら、最初から二人で声をかけた方が良いですよ。」

僕「一般の人でも怪しむぐらいのやり方は、頂けないですね。」


女性「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」


僕「ちょっと、気になったので・・・」

僕「それだけですので、じゃあ〜!!」


と・・・

その場を離れて観光をまた楽しんでいたのですが・・・


ふと女に目を向けると・・・

僕を撮影しているのを確認しました。


僕「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」


僕「まぁ・・・僕でも念の為に撮影はするよな・・・」

僕「久しぶりの休日で、ちょっと浮かれすぎたな・・・」


反省・・・反省・・・


でも、僕の姿を撮影されてそのまま見過ごす事は出来ません。

しかし、ここで撮影をしたのかを聞いても、白々しくとぼけるでしょう。

無理矢理カメラを確認する事も出来ません。


なので、こちらもカードを作って取引するしか方法は無くなってしまいました。


僕「めんどくさいな・・・・」


僕はオフでも小さめのビデオカメラは必ず携帯しています。

デジイチでも、動画撮影も出来ます。


僕は、風景を撮影しながら男性と女性が仲良く腕を組んで歩いている姿を撮影しました。

また、女が別の観光客に声をかけて、白々しく女性と2ショットを撮影している姿も撮影しました。

それも隠れてでなく、堂々と・・・(デジイチでは・・・)


当然、女は僕が撮影をしているのに気が付きます。

でも、カップルにその事を話す事は出来ないらしく、女は僕を気にしながらも、カップルの後を付いていきました。

結局観光が終わって、カップルは、高そうな外車に乗って移動しました。

当然、僕は乗り込む姿、車の撮影、車番の撮影をします。


女は、その車に一緒に乗り込む事はなく、別の車で来ているみたいでした。


女が僕に近づいてきます。


女「さっきから・・・撮影していましたよね?」


僕「さぁ〜??」

僕「観光地だから、撮影しても問題ないですよね?」

僕「あなたも、僕の方を撮影していたみたいですし・・・」


女「やっぱり・・・ターゲットはあの二人なんですか?」


僕「本当にあの二人が対象者でも、本当に違っていても、答えは「違います。」しか言えないですよね??」


女「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」


女は困ったような、怒ったような、悔しいような、複雑な顔をしています。


僕「これでも・・・」

僕「こっちから、ちょっかいをかけてしまったので、悪いって気持ちはあるんだけどね。」


女「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」


僕「そっちも仕事だから、僕を撮影するのは仕方ないけど・・・」

僕「でも、僕は撮影されるのは、大嫌いなんだ。」

僕「撮影されてしまったら、それを消去させる為にカードは持たないとね。」


女「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」


僕「まぁ〜・・・」

僕「ちょっと気になって、声をかけてしまったのは悪いと思う。」

僕「でも、本当に僕は休日で、あの二人の事は一切知らないんだ。」

僕「あなたに声をかけられるまでは、意識すらしてなかった。」


女「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」


僕「だからさぁ〜」

僕「お互いに、撮影したのを消去しない??」


女「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」


僕「僕は自分が撮影されたのが、消去されたのを確認さえ出きれば・・・」

僕「こっちが撮影したのは、カメラを渡して、消去させる事を約束するよ。」


女「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」


僕「悩んでも・・・選択肢は無いんじゃない??」

僕「あの二人の後を、いますぐ付いていかないとダメだよね??」

僕「あの二人に、撮影されたって言いたくないよね??」

僕「僕が、やろうと思えば、あの二人の素性を把握出来る、きっかけの証拠を持っているって分かるよね??」


女「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

女「・・・・分かりました。」


僕「了〜解〜。」


僕は女からカメラを渡してもらい、僕を撮影した部分を消去しました。

逆に、僕のカメラを渡し、女は僕が撮影した映像を消去します。


僕「これで、お互いに何もなかったって事だね。」


女「・・・そうなりますね。」


僕「最初から、女性と二人で僕に声をかけていれば、こんな事にならなかったから、気をつけた方がいいですよ。」


女「・・・・・・・・・・・・・・・・・。」


僕「変な事になってしまって、ごめんね。」

僕「じゃぁ〜頑張って下さいね〜〜。」


女「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」


女は、僕を睨み付けながら車に乗り込み、慌てて車を発進させました。


僕「失敗したなぁ〜〜」

僕「これからは気をつけないと・・・。」


僕「でも・・・」

僕「あの人・・・」

僕「やっぱり、警戒心が足りないかも・・・」


僕「もう一台のビデオカメラでも・・・」

僕「撮影していたんだけどね。」


撮影した映像を確認します。


僕「この金持ちの男性は、いったいいくらで依頼したんだろう??」

僕「気になるな〜〜。」


僕「・・・・・・・・・・・・・・・・・。」


僕「あ!!」

僕「せっかく観光に来たんだ。」

僕「楽しまないと!!」


という事で・・・

この後は久しぶりの休日を満喫して、趣味の家電屋めぐりをして、温泉に入って、お酒を飲んで、楽しみました。


不倫旅行って大変だね。


ではでは・・・


「DV被害の告白、4」行きます。


※メディア関係の方で、この内容が気になりましたら、ご家族をご紹介します。(ご家族の許可を得てからになります。)

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※この件に対する誹謗中傷は、申し訳ないですが遠慮なく削除します。

また、コメントを一時預かりにし、確認後公開する事もあります。


1、「DV被害の訴え」

2、「DV被害の訴え」

3、「DV被害の訴え」

4、「DV被害の訴え」

5、「DV被害の訴え」

6、「DV被害の訴え」

7、「DV被害の訴え」


よろしくお願いします。


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